となりの石油王サマ

「おはようございます」
丸の内にあるオフィスビルの35階が私の仕事場だ。オフィスに入った瞬間、さわやかな声とさわやかな笑顔に迎えられた。
「おはようございます」
3年後輩の長身イケメン。180センチメートルを超える。大学時代はラグビー部だったらしい。茶色のタレ目のスイートな王子様フェイスと体格の良さ、ギャップがあって良い。
「昨日の部内会議の動画、要点だけ切りぬいておきました。チャットで送りました」
「ありがとうございます。今すぐチェックしますね」
おまけにデキる子。見ている分には最高だな。
化粧品会社の販売促進部で働く私。今の仕事に不満はないけれど、もっといろいろなことを学びたい。いろいろな部署で。
それに、結婚もしたいし、子育てもしたい。あれこれ欲張りすぎかな。でも、全部欲しいものだし、欲しいものは自力で手に入れたい。
(今日は仕事が終わったらデート!!)

気合いの入る金曜日朝。さて、パソコンを立ち上げよう!!

残業を少ししたら、家に帰って着替える暇がなくなってしまった。
こんな時のために、アクセサリーとスカーフ、メイクボックスをデスクの引き出しに隠してある。
ひかえめに、しかし目元をキラキラさせ、唇のラインもていねいに引く。少し大きめに。目を強調したから唇の色は清楚なピンクに。もうすぐうちから出る新色のサンプルをもらったばかり。
「あ、先輩。
お疲れさまです」

トイレを出たらくだんのイケメン後輩くんとばったり会った。
「今、仕事終わったんですか?」
「はい。先輩。
飲みに連れてってください」
あー、可愛い。甘え上手の年下は良いなぁ。見る分には。
「ごめんなさい。また今度ね。
そうだ。来週の金曜日はどうですか?」
「来週の金曜日!! ありがとうございます。約束しましたよ。先輩!!」
「人数集めといてね」
「はーい」
たまにはイケメンと飲みに行くのも大切だな。
私はそんなことを考えながら、エレベーターに乗りこんだ。

おしゃれなイタリアンレストラン。外観のレンガを内装にも使用している。手作り風の木のテーブルと椅子があたたかみがある。椅子に置いてある北欧風刺繍のクッションも。奥の暖炉も。
私は、結婚相談所で出会ったひととデートしていた。顔は普通。中肉中背。だけど清潔感があって、何より美声だなぁ。アナウンサーみたい。柔らかい雰囲気で、笑うと左頬にえくぼが見える。可愛い。だが油断してはいけない。結婚したら性格が豹変する人間は多い。
(奢らせてくださいなんて言われたら、ぶっ飛ばして帰る)
デート相手に借りを作りたくない。そんな大切のされ方したくない。私はモノじゃない。自立しているひとりの人間だ。
そんなに高いレストランではないけれど、雰囲気も良く、パスタもスープもピザも美味しい。お酒がなくても会話も控えめにはずんで初デートの初々しさがあって良い。これは、いける?
「Hi!」

聞き慣れた声に、雰囲気をぶち壊された。

「Hello, Long time no see.
I didn't know that you were in Japan. What do you do for living?」
(来やがった)
石油王!!
また私のデートを邪魔する気!?
「Do you remember me?
I've met you in Australia before ! You were a student and I... 」
「Excuse me. I'm not sure who you are」
私がキツめにそう言って石油王をにらんでも、彼は愛嬌のある笑顔で私を見る。
「I can't believe that I was able to see you again here. You're my destiny!」
私は、眉間に深いシワを寄せる。明らかに、デート相手のひとは戸惑っている。
「あの、お知り合いの方ですか」
「いえ、ひと違いです」
「英語、お上手なんですね」
「そんなことは」
あぁ、とてもヤバい。カンでわかる。今回のデートもオワッタ……

「どう言うつもりだ貴様」