あの桜の木の下で

昔、お世辞とまでは言えないけれど、とても可愛いらしい女の子が近所にいたんだよね。でも何故か顔とか色々思い出せなくて。だけど1つだけ覚えてるのはその子の瞳の色が桜色だったこと。また会えたらって思うけれど、その子とは違う土地に九つの頃口減らしという名目であの子が故郷を出てから離れ離れになったんだ。だからもう会えない。俺自身も明日京の町へ旅立つ。一生会えないあの子に、名前も見た目も忘れてしまったあの子に手紙を送りたいけれどどこに住んでいるのかも知らない。だから俺は昔その子から貰った髪結紐で髪を結んで家を出る。京の町までは故郷を出る寂しさと儚さを極力考えないようにしよう。そうして俺は、今とある門の前にいる。




新選組壬生屯所ーーーー


会津藩主松平容保公御預りの治安維持組織で、俺はその新選組の入隊試験に挑む。ここで合格したら京の町で仕事をすることになるし、不合格なら故郷に帰る。俺は深呼吸をして中に入る。


俺、基 山本春樹は、一歩一歩、少しづつ。しかし確実にその時代の渦へと巻き込まれて行く。

すると、1人の少女が蹲っているのを見つけた。

明らかに体調が悪そうなのに、誰も気にかけない。

「……大丈夫?」

俺は咄嗟にそう言っていた。そして、その少女が俺の一点のみをじっと見据える。

「……あ、……あの……」

その少女は何かを言おうとしていた。でも、一番驚いたのはその少女の瞳が桜色だったこと。すると、

「おい。こんなとこで何してるんだ。」

「あ、えっと……」

誰……?そう思って見ていると、

「あ?……なんだ?入隊希望者の一人か?」

そう言われた。その少女はその人の着物の裾をぎゅっと握り、後ろから俺の様子を伺っていた。

「あ、えっと……」

入隊希望者なのには間違えない。だけど返答に戸惑っていると、

「……いい。とにかく入隊希望者は奥の道場に行け。」

それだけを告げどこかへ行ってしまった。そしてその少女は俺に一度礼をし、走ってその人の腕に抱き着いて行ってしまった。

この時の俺の心情として最も正しいのが、なんだったんだ……?の一言だけ。そして入隊試験にて、

「お前、弱そうだな。」

俺は他の受験生に舐められていた。そこに先程の少女と、大柄な男性が入って来た。

その光景に、

「おいおい。新選組は実力組織じゃなかったのかよ。女の手を借りる程劣ってんのか?」

そう愚痴を零していた。でも、その少女はクスッと笑い、

「なら人に対して愚痴を言うような貴方は必要ありません。帰って頂いて結構ですよ。それにさっきも私が蹲ってた時だって、気にも止めていなかったようですし。私の事はなんとでも言って頂いて結構です。でも、近藤先生と"あの人"の新選組を悪く言うなら、許しませんよ。」



その言葉にその場にいた誰しもが固まった。何も言えなくなっていた。すると、先程の人物が道場に入って来た。そして先程までは入隊希望者に対して不潔な物を見るかのような眼差しを向けていた少女の表情は明るくなり、その人物に抱きついた。

「ばっ!お前!何抱き着いて来てんだ!」

「大好き♡土方さん♪もう絶対に離れたりなんかしませんから♡」

その場にいた入隊希望者全員の脳内はきっと一致していて、

((ヤンデレ……))


そう思っていたに違いない。