すべてはあの花のために➓


 葵は望月について知らない。
 わたしの予想だけれど、母親は望月から逃げ出して、父親と出会い、葵を生んだ。でも、勘のいい母親だったんだろう。葵の存在がバレてしまう前に。葵を、夫を守るために、自分から望月へと帰った。

 自分よりも才を持ってしまっている葵を、隠すために。


『多分だけど、母親はきっと、葵なら助かると思ったんだ』

「まだ泳げもしないのに海に捨てて? それで本当に助かると思ってたわけ」

『現に今こうして助かってる』

「………………」

『まあ、こんなことになってるとは思ってないだろうけどね』


 それから、きっとヒナタも気が付いてると思う。あれだけ血が濃いんだ。元から、望月は短命の一家。その分、才ある者はすごく秀でてる。
 わたしも、きっとそこまで長くは生きられなかった。今は多少血が薄くなったのかもしれないけど。

 アイの話を聞く限り、きっとアイの母親であるアズサは、望月の家から飛び出した神の子だと思うよ。才があったのかどうかかはわからない。でも才があったなら、大事に育てられるはずなんだけど……。

 もしかしたらわたしみたいなことになったのかもしれないし、もうそんな家が嫌になったのかもしれない。実際、以前までの道明寺を大きくしたのは彼女の形跡が大きいし。……その答えはもう、返っては来ないけど。


 アズサは、恐らく血が濃いせいで元々体が強くなかったんだろう。それを知っていたから、愛する者たちとギリギリまでともにありたかったんだ。
 死に場所に桜を選んだのは、どこよりも信頼の置ける、どこよりも強い海棠だったから。望月など、誰にも漏らさないでと。きっと、アイを。アザミを。……きっと秘書も。守りたかったんだよ。


「……馬鹿げてる。なんで。そんなに……っ」


 みんな、……みんな。大切な人を守るために、自分を犠牲にして。相手の心も。傷つけて……。


『なんだか、いろいろややこしくしてごめんね』

「それはいいよ。ただ、ファンタジーでも何でもなくなったなって思って」

『はは。……うん、まあそうなんだけどね』

「でも、助けるよ。みんな」

『ヒナタ……』

「流石に、望月全員を助けることはできないけど、あいつの母親に、せめてあいつが生きてることくらいはオレでも伝えてやることができる」

『でも、望月にバレでもしたら……』

「バレないように、なんとか母親に接触するよ。母親とだけ。望月は関係なしに、母親と話がしたいんだ」

『……うん。ありがとう。ヒナタ』


 オレにとっての月は、闇を照らすものだったけれど。アオイにとっての月は、いいものじゃないんだろう。


「でも、綺麗だよ。月が真っ暗な海に浮かぶ様も。きっと、……アオイも好きになれる」


 会いに行こう。あいつの母親に。
 そして、……海の中のアオイに。