すべてはあの花のために➓


『使い物にならなくなった、元神の子の憑きを取り戻すため、家が取った行動は……。ヒナタももう、知ってるでしょ?』


 頑張って、アオイはその日の夜中、自分のことを話してくれた。


「……海に、捨てた?」

『はは。……うん。捨てるか。それが正しいね』


 運を持っているかどうか試すなんて、そんなのもう、どうだっていいのだろう。もう、神の子として役に立たない子どもは、あの家にはいらないんだ。


「アオイの、本当の名前は、なんて言うの?」

『え?』

「教えてよ」

『……わたしは、()だよ』

「アオイ……」

『わたしは葵なの。……だから、呼んで? それが今の、わたしの名前だから』

「……そっか」


 いつかは呼んでやりたいな。本当の名前で。絶対に。


『目隠し、か。されてたら、もっと怖くなかったかもしれないな』


 電話の向こうの彼女は、つらそうだけど、もうどこか吹っ切れたように話してくれている。


『目隠しなんてされないよ。ただ、ぐるぐるに足と手を縛られて、重りもつけられて。……舟にだって、小さな穴が開いてた』

「アオイ……」

『平気……じゃないけど。でも、いつかは話す時が来るって、そう思ってたから』


 手足を縛られ重りもつけられ、ただただ足掻いたって、舟は沈むだけ。


『わたしが、一体何をしたんだろうって思った。ただ家に振り回されて、扱き使われて捨てられて。体が朽ちても、その記憶や想いが消えることはなかった。……ずっと、あの海の中で一人。真っ暗な海の中で一人。ただ何をするわけでもない。成仏もせずに、ただ彷徨ってたんだ』

「………………」

『いつか消えると、いつかは果てると。……そう、思い続けてた』


 でも、そんなある日。わたしと同じように、舟に乗せられた子どもが、海に捨てられた。
 何度も話しかけた。ダメだ。このままじゃダメなんだって。陸の方へ行くように、舟だって押そうとした、押せないなら風で押し返そうとした。

 ……でも、だめだった。子どもは、海に落ちてしまったんだ。

 助けないとと、そう思った。でも、どうやって助けたらいいのかわからない。でも、その時思ったんだ。こんなことするのは、望月しかしないだろうって。


 だったら――! そう、思った。
 その時は、必死だったんだ。葵を助けないとと思ったから。

 でももし助けたとしても、望月にバレたくはない。きっと、帰って来ないと思ってたはずの子どもが帰ってきたら、この子はずっと、望月に縛られるだろうからって。


「だからあいつから、名字を取った……?」

『乗っ取る時は知らなかったんだ。葵が、望月じゃないってこと』

「望月なら、すぐに呼んでもらえると思った?」

『うん。だって、あの辺りで望月は、悪い意味で有名だったからね』

「ま、不気味だって言ってたしな」

『でしょ? だから、すぐに名前を取り戻せるって思った。わたしは、その時だけ助けるつもりだったんだ』

「……20歳とかは? 名字が変わるって?」

『わたしがそこまで生きられなかったから』

「え」

『結婚とか、やっぱりそういうことは女の子だし憧れる。って言っても、本当にそこまでには呼んでもらえるだろうって思ってたから』

「…………」

『でも、葵は望月じゃなかった。こんな契約は、するんじゃなかったって思ってるよ。それから……えっと。言霊で言ったら最後、霊のわたしはそれに縛られるから』

「アオイ……」

『わたしがやってきたことは、なんだったんだろうね。ただ、わたしと同じような運命を、辿って欲しくなかっただけなのに』