「……レン、準備はいい?」
最後の報告が終わって、扉から出てすぐの場所。監視カメラの死角になっている一角に、何食わぬ顔で帰っているかのように見せながらそこへ身を潜める。
「無傷で出てきたのか。それはそれでムカつくな」
「どういう意味。殺されればよかったって思ってるの?」
何とか危機を乗り越えて出てきたんだからさ、ここは『無事か』とか、心配の言葉を掛けるところでしょうよ。
「……そうか! レンちゃん、照れ隠し」
「頭ん中の脳味噌一回ぐちゃぐちゃにしてやろうか」
「オレの方が頭いいから僻んでるんだー」
「なんでそんなにお気楽なんだ、お前は」
――今から、失敗が許されない作戦を実行するというのに。
そう暗に濁すレンに、小さく笑って答える。
「でもレン、王子はそんな言葉使っちゃダメだからね。わかってる?」
「はいはい。……ま、それじゃあ行ってくるからな」
「うん。死なないようにね~」
なんだかんだ、何かあったらいけないからコズエさんが物陰に待機してくれてるから、大丈夫でしょ。
「……九条」
「ん? 何?」
ただ名前を呼んだかと思ったら、小さく笑って、入れ違いにレンが部屋へと入っていく。
「……なんか鼻で笑われたんだけど」
ま、言いたいことはわかってるけどね。
「……任せときなよ」
そのまま死角からさっと出て、秘書の部屋へと走りながら掛かってきた電話を取る。
「はーい。もしもし?」
『あ? 九条さん? 準備万端ですよお』
相手はカオル。今、ケバ嬢をレンと先生が、父親にはアイがついて足止めをしてる。カオルは監視カメラを操作してから、そのままそこで待機。
『いいですか九条さん。誤魔化せるのはたった五分ですう』
「大丈夫。もう着いた」
辿り着いたオレは、ノックもせずに秘書の部屋へと入る。
『有りそうなところと言えば、パソコンか机まわりだと思うんですが……』
監視カメラの部屋にいるカオルが、そう伝えてくれる。彼がいれば、秘書が部屋に入ってくるタイミングもわかるからそれまでは必死に探せる。
『大丈夫です。ミクリさんが帰ってくる様子はありませんよお』
と言っても、最初から時間は五分と限られている。悠長にしている暇はない。
今、オレの姿はカメラの中からは消えている状態だ。だから、あとにもここにオレが入ったことは残らない。
「(取り敢えず、パソコンのデータコピーはこいつに任せるとして……)」
理事長から預かった謎のUSB。どうやら、これは差し込むだけでそのパソコンに入ってるデータを完全コピーできる優れもの。
というかやっぱり海棠って何者? 道明寺よりも怖い時あるよねー。
「(……でも、机まわりって言ったって……)」
流石秘書と言うべきか。いろんな書類が山ほどある。これを漁って元に戻すようなことは、五分じゃちょっとできそうにない。
「(誰にも見つからないように、存在を消す……)」
ふと思い浮かぶのは、理事長室にある隠し扉だ。でも、そんなものここにはないだろうし。
『どうですう? 目当てのものは見つかりそうですかあ?』
と言われても、そんなのよくわからない。
あんなにあの時は意気込んでたのにね。まあわからないものはわからないんだから、しょうがない。
「(オレだったらどうするか……)」
と言っても、そんな人の名前を誰にも見つからないように隠すとか。そんな方法わかるわけ――――。



