アオイの話によると、家にはシントさんを解雇するように、もう手順は踏んでるらしい。どうやら終業式の日に、シントさんを捨てるようだ。
「まずはシントさん。彼にも動いてもらいます」
『信人くんも、駒にするのかい?』
「え? シントさんはもうオレの中では駒ですよ。もうちょっとオレの存在がバレないように動かしていこうと思ってますけど」
『あ。そう、なんだ……』
なんかみんなして顔が引き攣ってるけど、まあそれはいいとして。
「アオイ。日記ってさ、結構大量なんでしょ?」
『うん。だからシントにはその日記を使って、葵の名前を探してもらおうとしてるんだ』
「名前だけ?」
『あんまり葵はして欲しくないんだけど、その日記で、シントがした方がいいと思うことをしてくれって。そう言うつもり』
「それだ」
自分ではオレらに話してくれない可能性が高い。
……でも、本人が書いたものなら? しかも、嘘偽りのない日記なら……。
『信人くんに、彼女がしてきてしまったことを、そこから探してもらうってこと?』
「はい。それも大至急で」
シントさんが記憶を取り戻した時、あいつのまわりに味方がいないこと。それから時間がない状況を作り出す。
「そうすればシントさんは、大急ぎでオレらを味方にしようとする。味方は多い方がいいからね。手を増やして、あいつの名前を探してもらおうとするんじゃないかな」
『シントは、みんなにわたしたちがしてきたことをちゃんと理解してもらいたいんじゃないかと思うから、その日記を使って、本当の味方にしたいと思ってるはずだよ』
「だからシントさんに、そこからアオイたちがしてしまったことを探してもらおうと思う」
『で、でも、信人くん大変なんじゃないかな。そんな莫大の量から探すの……』
「そうだな。シントさん一人はキツいんじゃないのか九条」
それはそうだろう。
でも、今日はもう3月。タイムリミットは、残り二月ちょっと。
「シントさんなら余裕でしょ。ていうか、今まであいつにいろんなことしてたみたいだし。ちょっとくらいつらい思いすればいいんじゃない」
「し。信人くんは今、十分つらいんじゃ……」
バレンタインに黒色のリボンを結んであげた……なんて聞いたら、まあかわいそうかもしれないけど。オレは、十分苛ついてるので。
「ということなんで、シントさんには一人で、あの莫大な量の日記からオレらを味方にするために必要なところを探してもらいます」
『ひ、一人で? みんなで探した方がいいんじゃ……』
「何言ってんのアオイ。これぐらいやっても足りないくらいだよ。……あ、そうだ。思い出した時めちゃくちゃ恐怖になるようなことしてくださいよ、先生」
みんなして、「かわいそうに……」と、顔を引き攣らせていたけれど。
「……だって。あいつから直接あの日記を見ることを許されたのはシントさんだけなんだから……」
電話の向こうの人たちには、恐らく聞こえはしなかっただろうが、こちらの雰囲気はどうやら伝わったようだ。小さくそう零したオレのことを、四人はどこか難しい顔をしながら、ちらりと横目で見ていた。
シントさんの件はこれでいい。彼には少しつらい状況かもしれないけれど、きっと彼なら、あいつのために必死に最短で探してくれるだろうから。
「シントさんが解雇されることで、アキくんとの婚約は破棄されることになるから時間が延びると思ってる」
『うん。その延びた時間で、葵はシントに名前を見つけてもらうつもりだ』
「でもそうしたところで、アイさんとの結婚にチェンジするだけですから、本当のところは、彼女の時間を余計に短くしただけになりますねえ」
「ごめん。俺が5月に生まれてなければ……」
「いやアイさん。九条の言ったこと、真に受けないでくださいよ」
でも、本当に時間はない。
それに母親が望月とわかっただけで、それ以降調べられていないんだ。というよりは、誰も動けていない。
「(時間は、……本当にない)」
あと二ヶ月ちょっとであいつの名前が見つかるなんて保証もないけれど、絶対に見つけてやれる自信だけは満ち溢れてる。
「(使えるものはとことん使う。それはもう、最大限に)」
それがたとえ、棋士の存在に気づいてなくてもね。



