すべてはあの花のために➓


「(……ッ、話させる……!)」


 今度は物語でも何でもなくて。あいつの過去を。……本当の真実を。こいつの、まだ冷たい手を握って説き伏せる。

 絶対に助けるからと。何をしてあげたらいいんだと。そう言ったら、今までオレらの前でなんで泣かなかったのかを教えてくれた。
 泣いたら心配を掛けるからと。でも、泣いてないとちゃんと笑えないから、みんなの前でも泣くかもしれないと。……そう言ってくれた。


 でも。


「オレの前だけでいいって言った」


 どうせなくなら、オレの前で泣いて欲しい。
 その、綺麗な涙を。オレが、オレだけが。 今だけは。……拭ってあげたい。


「オレがあんたの弱音聞いてあげる。だから、みんなの前では笑ってて」


 言ったじゃん。心配掛け合いっこしようって。ちゃんと。わかってやってるから。


「一緒に抱えてあげる。だから、何でも言って。絶対に助けるから」


 絶対だ。もうこれ以上、オレの無敗記録に傷なんか付けさせないんだから。

 それから。……いろいろ頑張ったよね。誕生日ネタで話させようとしたし、オレがこいつの立場だったらのたとえ話をしたり。
 それでもオレが、オレらが嫌いになるって恐れてる。ほんとヘタレ。


「(……でも、ちょっと嬉しかったな)」


 たとえオレの大事な人が危険になったとしても、オレのことは助けたいって。……そう言ってくれたこいつが、なんだかめっちゃくちゃかわいく見える。しかも極めつけに、「いなくなんないで」なんて、すごい切なく言ってきた。

 ……やっぱり、オレとルニを重ねてるのかな。まあルニが女だったから、似てるって言ってたハルナとは重ねてるのかもしれないけど。

 でも。そんな切なげに。しかも、体をこちらに倒してこられたら。……意識したくないのに、勝手に胸が鳴る。頼りなげにオレの服を掴む手も。……本当に愛おしくてたまらない。


 そんなことを思いつつも、ハッキリとわかったことがある。

『大切な人たちが、危険な目に遭うのが嫌だ』
『自分を知られて、嫌いになられるのが嫌だ』

 こいつの中では、やっぱりそれが邪魔してるみたいだ。


「(そうか。……これがきっと、考えだ)」


 だから、結局のところ誰にも助けを求められない。だから、あの家に付くしか。抗いたくてもそれができないから、家からは出られないんだ。


「(んー。絶対嫌わないのになあ。どうしたらわかってくれるかな)」


 だって、全部知ってたら。ちゃんとわかってやったら。……こいつが悪いことなんて、ひとつもないのに。

 絶対嫌うと、言いたくないランキングをつけさせても絶対に言わない。なんでか聞いたら、「もう嫌われたことがあるから……っ!」と声を張って訴えてきたから、本当にそれが嫌なんだろう。


「(……いや、ていうか両親だろ? 本当の)」


 ぶっちゃけ、オレをそんな奴らと一緒になんてして欲しくなかった。何それ。オレがそんなふざけた親と一緒だと思ってんの。


「……オレもやっと。あんたの中入れた」


 やっと。オレはスタートラインに立てたのか。こいつの気休めに。……なったのかな、今回のことは。
 きっと理事長は、オレの置かれてる状況を知ってたんだろうな。恐らく先生から聞いて。


「(……やっと。入れたって言うのにい……っ)」


 なんでこいつはここまで頑固でヘタレで臆病なんだ! 人のこと言えないけどさ!
 なんだかちょっとムカムカしてきたから、小さな体を、むぎゅうっと力を入れて抱き締める。


「頑固者」


 信じてくれたじゃん。オレのこと、嫌わないでいてくれたじゃん。


「オレは、あんたに勇気を分けてあげたいだけなんだよ」


 オレだって、変わることができたんだよ。オレだけじゃない。ツバサだって。父さんだって。


「背中、……押させてよ」


 小さい舟に乗る勇気がなくったって。オレが背中、押してあげるから。


「絶対あんたのその、考えってやつも止めてやる」


 あんたの大切な人全員、オレが絶対に守ってあげる。みんな、あんたのことを嫌いになんて、絶対にさせない。


「掬ってあげるよ。深い海の底からだってなんだって」


 海に落ちたって。泳げなくったって。オレが絶対に。ミズカさんよりも先に助けに行ってあげる。


「だから、……強くしてあげる。背中も押してあげる。勇気、オレがいっぱい分けてあげるから」


 全部全部。オレがあんたに。あんただけにしてあげたいんだ。
 他の誰でもない。オレがこんなこと思うのはあんただけなんだって。