すべてはあの花のために➓


「……寒い?」

「ううん。……あったかい」


 オレの肩に頭を置いてそう言ってくるこいつは、本当にあったかいと思ってるんだろうけど。


「(さっきオレに触れてやっと、自分が冷たくなってるってことに気づいたっぽかったよね……)」


 オレをビンタした時に、赤くなってたんだろう。オレの頬に手が触れて初めて、こいつも気づいたような反応をしてた。


「(どうしてなんだろう。アオイに聞いてみようかな)」


 無理したって言っても、オレにビンタしたぐらいでしょ? いや、ビンタは入らないか。


 カチ……カチ……と、時計の音。とくんとくんと、お互いの鼓動だけが聞こえる。それでも居心地がよくて。あったかくて。……ほっとする。

 そうしていたら、どうやら日付が変わったらしい。律儀にオレの名前をまだ言わないあいつがおかしくて。


「名前。……呼んでよ。あおい」


 電話の時は渋ったのに、すっとあいつの名前が呼べた。


「お誕生日、おめでとう! ヒナタくんっ!」


 そう言ったら、本当に嬉しそうに笑って、オレを祝ってくれるんだもん。……ほんと。嬉しくて仕方ない。

 あいつが気持ち悪いぐらいオレの名前を連呼してても、それが嬉しいオレは。気持ちが悪いぐらいには、頬が緩みきってるんだろうな。きっと。

 不細工になったあいつの顔がおかしくて、そのやわらかいほっぺも突いて遊んだ。そしたら、にこにこ楽しそうに笑うもんだから。ああ、仮面は完全に外してくれてるんだなって思った。


「(……壊してあげられたら、よかったんだけどね)」


 もうそれは難しいかもしれないな。誤算過ぎて、戦略をごろっと変えないと。
 あのリボンの件があれば、オレに近づくのが怖くなると思った。だから、壊して。……壊して。壊しまくれば家の信用はバッチリだろうし、仮面はもう着けられなくなるぐらい酷いものになると思った。

 そこで、王子くんのレンちゃんにいいとこ取りで、相談役か何かを買って出てもらおうかと思ったのにな。嬉しすぎる誤算ばっかりで、計画を変更しなくちゃいけなくなりそうだ。


 なんでこんなことをしたのか、聞かないのかと聞いたら、「信じてるから大丈夫。ありがとう。もう聞かないよ?」と。オレが言いたくないと言ったらそう返してくる。
 オレならとことん聞きまくるけどね、誰だろうと。……ほんと、やさしすぎるねあおいは。

 少しでも自分をわかってくれることが。自分を信じてくれていることが嬉しくて。こいつの腰に回している腕を、……ほんの少しだけ手前に引いた。
 たった少しでいい。ほんの少し、オレの方に近づいてきたこいつの。……もう少しそばに、いたかった。


 そしたらぼそり、「……わたしも、話せないこと、あるから」と、目の前から聞こえた。


「(でもさ、窮極に言えばこいつが話せないのは、自分の名前だけだよね?)」


 その他の、『いいように使われてしまって、知らない間にオレらに酷いことをしてしまったー』とか『二重人格で、しかも主人格は乗っ取られるとか、作者ふざけんなよこんな物語作りやがってー』的なことは、確かに言いたくないかもしれないけど。


「それってさ、そもそもなんでなの?」


 アオイも言ってた。こいつが仮面を着けてる理由も、直接聞いてあげてって。