「でもね? 犠牲じゃどうやら人って幸せにはなれないらしいんだよ」
「……え」
……それは。オレがあんたに。言ったんじゃん。
「わたしも最初は自分が犠牲になればいいって思ってた。それでみんなが幸せならって。そう思ってた。……でもね? それってただの自己満足なんだよ。君を好きな周りの人たちは、一つも幸せなんかじゃないんだ」
あいつの言葉で。声で。オレが言ったことをそう、言い直してくれる。
「(……そうか。あんたも、ちゃんとそう考えてくれてるんだね)」
こいつが変わったことは、何となくわかってた。でも、こうして今。こいつの言葉で、ちゃんと聞けたことが。……何よりも。……っ。うれしい。
「何でも一人で抱え込んだらダメだよ。そんな話を聞いてくれる人が、君にはたくさんいるんだから」
そっくりそのまま、今のこいつに返してやりたかった。
……でも、そんなの。あいつに頭から抱き締められてできなくなった。
「もう、我慢しなくていいからね。よく頑張ったね。お疲れ様」
「…………!」
ふっと。力が抜けた。
堪えていたものが。隠そう隠そうとしていた重い重い鎧が。こいつのその言葉だけで。……崩れて落ちた。
「たくさん君を呼んでもらおう? お母様もきっとよくなるよ。それまで、もうちょっと辛抱だ」
……ああ。こんなにもオレは。分厚い鎧を着けてたんだな。
「みんなが心配しないようにしてたんだよね。ほんと、やっぱり君が一番の努力家さんだ」
「まあそれほどでもある」
ほんと、よくやったよここまで。
ほんと、……バカみたいだ。
「え。調子戻ってる」
「オレは最初からおかしくなんかなってないし」
いいや。もう最初っから崩れてるんだよ。
だって。ハルナがいたその時からずっと。
オレは、……捻くれてるんだから。
そう、オレが言ったら。あいつが。
「そっか。それはよかった」
仮面じゃない。本当の。綺麗な。あいつの笑顔だったから。……息が、止まった。
「………………っ」
と思ったら、うるさいくらい心臓が暴れ出す。
「(……大丈夫だ。オレは。ちゃんとわかってる)」
この罪を。あいつが許してくれたとしても。
「(オレはまだ。今も罪を犯してるんだから)」
今、あいつの首元に揺れる。オレの。……最後で最低の罪。
「(はは。せっかく。過去を吹っ切ったのに……)」
こればっかりは、オレが許せない。オレはやっぱりあいつの、隣に立てるような人間じゃないから。
「ハルナさんは一生懸命生きました。それを、ちゃんと思い出してあげましょう……?」
母さんも落ち着いた。……なんだろう。この薬にも、トリガー的なものがあったりしたんだろうか。
「それと。……あなたにもう一度、彼を呼んであげて欲しいんです」
そんなこと考えてたら、あいつがまたオレのとこまで帰ってきて。
「……行こう。一緒に」
小さくそう言って笑ったあと、オレの背中を押してくれた。
「あなたが行ってしまう前に。彼の名を、呼んであげて欲しいんです」
「……?」
「(母さん……)」
……ごめん。母さん。
もっとオレが強かったら、母さんをこんなに苦しめることはなかったんだろう。
「呼べませんか? いいえ。あなたはちゃんと覚えてますよね?」
……もう。過去にオレは、終止符を打つよ。
変えてくれたこいつを。今度はオレが、助けてやりたいんだ。
「だって、さっき言ってたじゃないですか。『わたしの大好きな息子だ』って」
「むすこ……」
「(かあ、さん)」
「ひなちゃん」と。そう呼ばれる度に、軽くなる。
「ひなちゃん」と。呼ばれる度に、この過去の罪悪感は消えていく。
「ひなちゃん」と。……そう呼ばれる度に。
オレの存在が。戻ってきたんだ。



