すべてはあの花のために➓


 野次馬のおばちゃんたちは、ちらちらこっちを見てきたが、そのままコソコソしながら闇に消えていった。


「それで? どうせなんかわけがあるんだろ?」

「まあね。他にやり方はあるんだろうけど」

「なんで葵ちゃん傷つけないといけないんだよ。したくないだろお前も」

「……まあ、ひとつは言えないんだけど」

「んだよ、何個も理由あるのかよ」

「いや、あともう一つ。……トーマはさ、あいつの仮面って見たことあるっけ。本当の自分を隠す、心から笑ってない笑顔くっつけてるの」

「あー。……あのさ、俺と葵ちゃんの出会い聞く?」

「興味ない」

「いや、それが結構劇的でさ。俺のこと助けてくれた時なんだけど、……初めは、本当に美人な子だと思ったんだよ。それが、いきなり独り言言い出して、変な子だってわかった。まあ変態ってことは前々から聞いてはいたけど」

「否定はしない」

「だからな、本当に会ったすぐは、その仮面? 着けてたのかなと思ったんだ。……んで? その仮面がどうしたんだよ」

「素を知らない人にとっては何ら変わりないんだけど、オレもみんなも、トーマだってあいつの変態っぷり知ってるからさ、そんな顔してたらどうしたのかって心配になるでしょ?」

「……まあ、そうさな」

「その仮面を着けてる理由は何となくわかってるんだけど、それがもうさ、ガッチリ着いてんだよ」

「……ガッチリ?」

「多分、何か嫌なこととかさ。つらいこととか苦しいこととか、そういうのを我慢してるんだよ、あいつ」

「……だからお前は、葵ちゃんを傷つけてその仮面を壊そうとでも思ったのか」

「オレは、あいつのことを笑わせてやることなんてできないから」


 こんなオレが。……あいつを笑わせてやることなんて。


「本当にそうか?」

「え?」


 そう言うトーマの顔は、すごくやさしく笑っていた。


「葵ちゃん、お前の前で一回も笑ったことないのか?」

「は? ……いや、そりゃみんなといたら楽しそうに笑ってるよ?」

「お前とは?」

「え?」

「お前とだけの時。……笑ってないのか?」

「……笑うわけない」

「本当に? 二人になったこと、あるだろう?」

「………………」

「お前だけに笑ってくれたこと。本当に一回もない?」


 ……そんなこと、ない。あるよ。あるある。
 だってさ、あいつ。ちょっとしたことでも笑うんだもん。


「あるだろ?」

「何も言ってないじゃん」

「顔が笑ってる」

「キモ」

「いやお前がな?」

「……しょうがないじゃん」

「………………」

「最近、見てないんだって。笑った顔なんて」


 いつからだろう。……アイとのデートは、楽しそうに笑ってたな。あれが最後とか、めっちゃ嫌だ。