すべてはあの花のために➓


 彼は破る手を止め、ひとつの写真に目を移す。


「そうしようと思ったのに。……また、私の前にこうして現れてきてくださった」


 その写真を愛おしそうに見つめ、指で撫でる。何度も、……何度も。


「……でも、なかなか笑った顔など見られませんでした」


 顔の目の前に持って来て。近すぎる距離で、見つめていた。
 そしてまた、そこから見えた口角が、異常に上がる。


「でも、笑った顔は彼女じゃない」


 ……これも違う。これも違うと。また狂い出したように写真を破る。


「……ああ。これは本当に、よく似ていらっしゃる……」


 それは、あいつが過呼吸になっている時のもの。


「苦しんでいる葵様は、……本当に彼女にそっくりだ」


 ……どうかしている。



「……ありのままの葵様は、あの人ではない」


 ――――破る。


「笑っている葵様など、あの人ではありません」


 破る。……やぶる。


「……葵様など、笑わなくていい」


 やぶる。



「そう。笑わなくてよかったんです」


 そう言いながらオレの方へ。嗤いながら首の骨がなくなったかのように、横に倒しながら見てきた。


「本当に、……大変でしょう? いろいろと」


 言わんとしてることは、よくわかった。


「そうですか。わかってしまいましたか。言うなと、言われていたんですけどねえ」


 あの花畑で、あいつを笑顔にしたのは……。


「災難でしたねえ。本当。あの少女は」


 ――紛れもなく、オレだ。



「でも、そのおかげでまた笑わなくなりました。……また、あの人が帰ってくる」


 でも、文化祭にも来ていた。……こいつは、あいつが笑ってるところ見ているはずじゃ。


「あの少女を消してからは、……本当によく似ていると思ったのですが」


 そう言って、バンドで涙を流している写真を持ったと思ったら。


「……涙を流してる姿よりも、苦しみに耐える姿の方がよく似ていらっしゃる……」


 その写真を、何度も何度も。……小さく。小さく、破っていった。


「何故私が、仲の良い人たちを消すことをしなかったのか。執事くんも何故、消そうとしないのか」


 ……そんなのもう、聞かなくたって十分わかる。


「大切な人を守ろうともがく姿!! 苦しみに! つらさに! 悲しみに! 恐怖に! 絶望に歪む顔!!」


 あいつが、みんなを大切だと思うほど……こんな家から守らないとと必死になる、その痛々しい姿が。



「梓様!! 梓様が!! 戻ってこられた!!」


 ……似ているというだけで。その人はもう。いないというのに。