すべてはあの花のために➓


「君は、その人がいないと生きた心地がしないことがありませんか」

「…………」

「私はもう、ずっと前から生きた心地がしません」

「…………」

「彼女の笑った顔を見るだけで、幸せでした」

「…………」

「彼女の声を聞くだけで、姿を見るだけで。……胸が鳴った。胸が熱くなった」

「…………」

「想えるだけで、……私は十分だったんですよ」


 その人のことを思い出してるのか。一瞬、空気がやわらかくなったが……。


「そんな彼女がいない世界など、何の意味もありません」


 空気が歪む。


「こんな生きた心地がしない世界など、なくなればいい」


 空気が淀む。


「こんな世界など、……滅びてしまえばいい」


 空気が黒く、闇へと包まれる。


「(……っ、きもち、わる……っ)」


 この場にいるだけで、吐きそうだ。


「よかったんですよ。たとえ想われなくても」


 ビリビリと、写真を一枚。


「……よかったんですよ。彼女が幸せそうならそれで」


 また一枚と、破り出す。


「……でも、いなくなってはいけません」


 ビリビリ。ビリビリ……。


「まだ、……望みはあったかも知れないのに」


 それはもう、……狂ったように。


「話せばよかったんです。旦那様に。……それなのに」


 ここから、存在を消すかのように。


「もう助からないと決めつけて、子どものために病魔に耐え」


 いいや。この世から、消すかのように。


「わざと喧嘩して出ていくようなことをして……」


 彼女の写真を、破る彼は…………。


「無能な医者のせいで、……彼女は死んだ」


 ――もう、とっくの昔に壊れてる。



「いりませんよねえ。……こんな世界など、私には必要ない」


 どうして彼は、ここまで壊れてしまったのだろうか。


「彼女はとても素晴らしかった。聡明で、……とても綺麗で」


 どうして彼は、ここまで狂ってしまったのだろうか。


「ここのために何もかもを捨てた彼女のためにできることなど、ひとつしかない」


 どうして彼は、ここまで落ちてしまったのだろうか。


「道明寺など、……なくなってしまえばいい」


 ……どうして『好き』は、ここまで人を壊してしまうのか。


「彼女に気づかなかった、……助けなかった道明寺など」


 どうして『好き』は。ここまで人を、狂わせるのか。


「みんなみんな。……なくなればいい」


 ……どうして。『好き』はここまで。人を落とすのか。