すべてはあの花のために➓


 秘書の仕事部屋だろうか。そこへ案内された。


「すみませんね。少しそちらでお待ちいただけますか。すぐに食事が来ると思いますので」


 ソファーを指差されたので、遠慮なく座ることにする。


「どうかされましたか? 顔色がよくありませんが」

「……あの。ちょっと聞きたいんですけど」

「はい。何なりと」


 オレが何を聞こうとしているのかわかったのか、異常なほど口角を上げて待っている。


「……文化祭。来てましたよね」

「ほう。何故そうと?」

「あの頃は……まあ今ほど嫌いじゃなかったんで。みんなとあいつが話してるのを聞いたんですけど」

「あいつ…………ああ。葵様のことですね」

「纏わり付いてくる視線があったって、そう言ってました。すごく、気持ち悪そうでした」

「あなたも今同じ状況だと?」

「ま、流石に目の前にいたらオレだってわかります。あんたが、気持ち悪いぐらい」

「ストレートにものを言うのは嫌いじゃないですよ」


 そうこうしてたら、食事を持って来てくれた人が、オレと目が合って驚いていた。


「(あ。前来た時に案内してくれた家政婦さん……)」


 前は関わらないように、彼女はオレらからさっさと逃げたけど。


「(……え?)」


 敷かれた紙ナプキンの内側に。……どこか、震えたような。慌てたような。そんな文字が書いてあった。


「(〈キケン ニゲテ〉か……)」


 やっぱり、別にあいつのことを嫌ってるとか。そういうことじゃないんだ。
 足りなくなった水を、彼女が震えた手で注ぎ足してくれる。


「あの、『お気遣いありがとうございます』」

「……!」

「あ。ちょっと待ってくださいね」

「……?」


 話すことを禁じられているのだろうか、彼女は何も言葉にしなかった。


「オレ、結構手先とか器用なんで。……っと」

「これはこれは。かわいらしいですね」

「どーも」


 今手持ちには何もない。でも、少しでも彼女の気休めになれば。


「どうぞ。捨ててもいいですけど、流石にそのままゴミ箱ポイだとかわいそうなんで、せめて崩してあげてくださいね」

「………………」


 ただの、おしぼりで作ったヒヨコさんだ。しかもオレ一回手、拭いたし。
 でも、彼女は大事そうに抱えて。……一度だけ頷いてから、部屋を退出していった。


「いや、流石に汚いから崩して欲しいけど……」

「君のような人間がここにはいませんからね、さぞ喜んだことでしょう」


 食事も終えた今、あまりこいつと一緒にいるのは嫌だから、できればさっさと帰りたいけれど。


「君も、災難でしたね。……いろいろ」

「……何もかも、あいつが悪いんでしょ」


 そう言い聞かせてきた家と違うことは、ここでは言えない。


「君は、本当にそうだと思っているのですか」

「……何が言いたいんですか」

「いえ。葵様は、とても生徒会の皆様と仲が良いと伺いましたので」

「オレ以外とはですけどね」

「……本当にそうでしょうか」

「何が言いたいんですか」