すべてはあの花のために➓


 そんなことを言われると思ってなかったから、……呆気にとられて、言葉が上手く出てこない。


「そんな気持ちにしてくれちゃったんだから、あなただけ何も感じないなんてズルいって思ったんじゃない?」


 にっこり笑いながら、先生はそう言ってくれる。
 アイも、……レンも、カオルも。まだちゃんと、みんなに許してもらえてないのか。


「……だったら、まだ全員助けられてないんですね」

「ううん。あとはそれぞれに任せてあげたらいいの。あなたのおかげで進めてしまったみんななら、あなたがもうお世話をしなくても、勝手に自分で話をしに行けるもの」

「はは。お世話、か。確かに」

「だからね? あなたのことも、みんなは助けたかったの。ずっと。作戦を聞いても、そう思ってたはずよ? あなただけが、その中にいなかったから」

「……そう、ですか」

「うん。だから、あなたもあおいさんに許してもらってきなさい。そして、前に進みなさい。前に進めたなら、今までしてきた罪をちゃんと皆さんに話して、許しをもらってきなさい」

「え。だったら結局、オレ全部話すことになるじゃないですか」

「あなたがあおいさんに許してもらえただけで大丈夫ならいいのよ? でも、心残りがあるでしょう? たとえば……」

「……駒、ですね」

「そうは言っても、あなたは酷なことを強いては来なかった。でも、言ってあなたが許されるなら、きちんと話したらいいと思うわ」

「……そうですね。あいつと一緒に、話をしに行きたいです」

「うん。行ってきなさい行ってきなさい」


 ぽんぽんと頭を撫でられて、先生は持ち場に戻ろうとする。


「先生は、……言わなくていいんですか? 正直趣味を疑いますけど」


 扉に手をかけ、先生は驚いたように振り返った。


「私は、もうお伝えしてるのよ」

「え」

「伝えるだけね? 返事は戴かなかったの」

「……海棠だから、ですか」

「いいえ? もう、わかっていたから」

「……諦めるんですか」

「違うわ」


 扉を開けて外に出たあと、一度だけ振り向いた彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「だって、アズサさんには到底勝てそうにないもの。それに、……人の気持ちは変わるものよ?」


 そう言って、部屋を出て行ってしまった。



「………………え。よ、よかったね、カオル」


 恐らくは、そういうことだろうけど……いや。やっぱり趣味を疑うね、うん。


「攻めてみるもんだね、しつこく。あれは嫌われると思ったけど、そうでもないんだね。……コズエ先生、どMなんだね」


 ま、じゃないと公安なんて酷な仕事できないか。


「あー。……こわいなあ」


 そうは口に出しても、そんなにでもない。みんなにいっぱい、背中を押してもらえたから。


「はあ。……これじゃあ、チェックメイトしても、反則技でオレにも王手じゃん」


 それはそれで、楽しいゲーム……だったかな。


「取り敢えずは、先に助けてあげようか」


 ゆっくりと立ち上がって大きく伸びをする。


「……がっかりするかな。オレが怪盗だって知ったら」


 それだったら、オレもなかなかのショックだけど。……アイに慰めてもらおっと。


「そっか。許してもらえばよかったんだ。あいつに。みんなに」


 タキシードを着替え、神父の服装に着替える。


「そうしたらオレ、別に無理にあいつを諦めることしなくていいじゃん」


 なんでそんなこと。今まで考えつきもしなかったんだろう。


「……ああ、そっか。許されないと思ってたからか。いや、許してもらいたくなんて、なかったからだ」


 でも、押してもらえたんだ。みんなにオレの、この臆病な背中を。