すべてはあの花のために➓


「日向」

「あ。まだいたんだツバサ」


 そう言ったら大きなため息をつかれた。……突っ込んでくれなかった。


「ツバサも疲れてる? だったら早く寝た方が」

「だから、それはお前だって言ってるだろ」


 でも、そう言うツバサはオレを無理に連れて行こうとはしなかった。


「……寝ないの?」

「寝ねえよ」


 オレと一緒に、空に浮かぶ月をツバサも見上げていた。


「……今までさ、いろんな奴から話を聞いて。正直頭が、気持ちがついていかねえ」

「だろうね」

「でもな。……話聞いて、そんなぶっ飛んだ内容でも、どこか繋がっていってるのがわかるんだ。あいつは、……いろいろ俺らにサイン出してたのにな」

「……そうだね。出さなさすぎだけど」

「確かに」


 信じて欲しかった。きっとツバサも思ってる。
 オレらを信じて、何もかもぶちまけて。そうしたら、……もっと早くに。苦しい思いをさせずに、助けてやれたのに。こんなことも、せずに済んだのに。


「なんだよ心残りって」

「え……?」

「母さんに言ってたじゃん」

「あー。……うん。そうだね」


 心残り。……って言ったって、ただの我が儘だ。
 当日、あいつを助けてやれる。それは、本当に嬉しすぎてどうにかなりそうだ。でも、それと同時にあいつは王子の元へと行くんだろう。そう仕向けたんだから。


「お前は言ったのか? あいつに」

「……? 何を?」

「好きだって」

「……なんで?」

「それが心残りなのかと」

「……まあ、似たり寄ったり」

「助けてやったら、思う存分言ってやれ」

「え。なんで」

「逆になんで言わねえんだよ」

「……言いたく、ないんだ」

「日向?」

「言いたくない。……絶対に。オレは、言わない」

「(……なんか、あるんだろうけど……)」


 自分の弟だ。よく知ってる。拗れてるくせに、ヤケに頑固で。でもコロコロ変わったり、よくわからない。
 でも、心残りっていうのがあいつのことなんだろうなっていうのだけは、十分わかってた。……そして。


「オレは、……あいつが笑ってれば、それでいい」

「………………」

「幸せに、……なって欲しいんだ。あいつにだけは」


 とんでもなく不器用で、でも他人思いで。大切すぎるものには、自分から触れに行こうとしない。すごく臆病で、本音を言うのをすごく嫌がる。


「もう一人の葵の話の中に、嘘があった」

「……え」

「昔お前、ハルナと入れ替わってただろ」

「………………」

「どうして言わないのかは知らねえ。……葵にも言ってねえんだろう? 俺も言うつもりはないよ」

「………………」

「……お前は、そのままでいいのか」

「……うん」

「心残り、それじゃねえの」

「……うん。似たり寄ったり」

「お前がいいならいい。何も言わない。でも、お前がそうでも、俺はあいつだけは譲らねえ」

「……ねえ。なんでみんな、オレに宣戦布告してくるの」

「そりゃ強敵だからだろ」

「……? なんで?」

「お前があいつのことを異常に好いてるのだけは、すっげえわかるから。負けてらんねえって思うんだよ」

「……はは。異常ね。よく言われる」


 小さく笑うこいつの瞳の奥は。……酷く、寂しさでいっぱいだった。


「(でも、気づいてやって欲しくもあんだよな)」


 あいつのためだけを思って、ここまでしてやれるこいつのことを。
 ……まあ、あいつは“見えてる”から。知った時はきっと、泣いて喜ぶんだろうさ。


「肝心の本人から話聞けてねえけど」

「大丈夫。まあ本音を言えば、こんなことしたくなかったんだけどね。絶対に話させるから。だから、ツバサは当日、あいつになんて言ってやるのか考えてやって」

「ははっ。俺が助けに行くのは決まってんだな?」

「もちろん。だってオレの兄貴だもん」


 そう言った弟の表情は、さっきよりは寂しさが抜けていた気がした。