すべてはあの花のために➓


 みんなが『あいつ』の姿を見た瞬間に名前を叫ぶ。でも、シントさんが黙っていることにアキくんが、トーマが、ツバサが気づき、……もう一度よく、画面の向こうのあいつを見ていた。
 そして、画面の向こうのあいつは。ゆっくりと、伏せていた目蓋を――開けた。

 ……みんなが息を呑む。それは、普段のあいつを知っている人にはわかる、異質なもの。


「……また。目が赤くなってんのかよ……」

「(……チカ……)」


 チカには見られたと、モミジから聞いていた。だから、きっと覚えているんだろうと思ったけど。……そんなつらそうな顔、して欲しかったんじゃないんだけどな。しょうがない、か。


『……ふう。まさか、こうしてこんなにたくさんの人の前で話すことになろうとは、正直思っていませんでした』


 あいつのようで、あいつでない。きっとみんなも、そう受け取っただろう。


「(……久し振り。やっと会えたね、モミジ)」


 オレと目が合ったら、小さく笑ってくれた。……うん。大丈夫そうかな。


『きっと、ヒナタの方から葵の会話を聞いたんじゃないかと思います』


 その言葉だけで、自分がどんな存在なのか、十分にわかっただろう。


『皆様初めまして。生徒会のみんなには……いろいろ迷惑を掛けてすみません。……ミズカさん、ヒイノさん。本当にお久し振りです。葵の中の、もう一人の葵です』

「……あおい、なのか……」

「あおい、ちゃん……?」

『わたしは、結構暴れてしまったので。お二人にはご迷惑をたくさん掛けてしまいました。本当に申し訳ありません』


 それから、モミジからアイコンタクトがあったので、オレはもう一度先程止めた録音の続きを聞いてもらった。
 まずはモミジとの契約の話。「こんな話を信じろというのか」と、誰かがそう言った。それもそうだろう。現実としてはまず有り得ない話だ。


『どうして葵とわたしがそんな契約を結んだのか。……それには、深い深いわけがあるんです』


 そうしてモミジは、自分のことを話し出した。
 自分は、あいつの中の黒い感情などではなく、一人の人間だったことを。特殊な家系の人間で、家の人間たちに神のように崇められていたことを。その神でもないのに、ただ血が濃く、人より優れた才に縋り付いてきていた、愚かな家のことを。


『わたしも葵と同じように、嘗て海に捨てられました。手足を縛られ重りを着けられ、舟には穴を開けられて』


 そして、その海で死んでも尚、霊として彷徨っていた時に自分と同じような子が来たのだと。
 その子が海に落ちてしまって、自分と同じような運命を辿って欲しくなかった。でも、こんなことをするのはきっと自分の家の子どもだろう。そこの家系は特殊で、憑きやすかった。だから、それを利用してあいつを助けた。
 でも、ただで乗り移ることは難しく、あいつの名字を奪い、一時の時間を縛ったのだと。


『家に無事に帰っても、いいことなど一つもない。でも生きているとバレてしまえば、相当な憑きを持っている神として、一生家から出すことなどないだろう。そう思い、葵を隠すつもりで名字を奪いました。しばらく隠してあげられればいいと』


 こんなことをする家系など、悪い意味で有名だ。だから、すぐに名字は取り戻して、自分もあいつの体から出て行けると思った。