すべてはあの花のために➓


 どんな表情かって言ったら、言葉にしてやれない。
『帰ってきたい』って、願望はもちろん入ってる。『帰ってくるよ』って、自分に言い聞かせてる感もする。『帰ってきたいけど……』って、悔しさやつらさ。悲しさ、寂しさだって混じってる。

 ……でも。なんでだろう。わかんない。わかんないよ? もしかしたらそれこそ、オレの『願望』なのかも知れないけど。


「……うん。もちろん! 待っててね? きっと帰ってくるからね?」


 最後に、そう言ったこいつの。あまりにも綺麗な表情は。
 ……ほんの少し。ぎこちない笑顔を浮かべたこいつからは……。


『――絶対、信じてる』


 その言葉が、オレに。……オレだけに、向けられてるような気がした。


 ……あ。だめだ。吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ。ダメだって、そんな顔したら。
 オウリにもこんな表情したの? キスして欲しいって? そりゃオウリだって、そう受け取るよ。

 ……ダメだってわかってる。でももう、体が言うことを聞かない。
 ダメだ。じゃないと、今まで何のためにこいつを苦しめての。全部台無しになるよ。


「…………」

「ひ。……ひなた。くん……?」


 オレの、指一つで大きく跳ねる体も。頼りなさげに呼ぶ声も……。何もかもが。……愛おしすぎておかしくなる。


「……呼んで?」

「っ。え……?」


 ……違うか。元からおかしいか、オレ。
 決めてたこともコロコロ変わるし、気持ちだって、変わり過ぎだし。王子とか、言ってる時点でおかしいよね。


「なまえ。……呼んで? オレの、名前」

「……ひなた。くん?」

「もう一回」

「ひなたくん」

「もっと」

「ひなた。くん」


 でも、変わってしまうのは全部、こいつのせい。何もかもが、変えられてしまう。
 だから、戻そうと思ってもなかなか戻らないから。『あの時はああだった』『この時はこうだった』……ほんと、そういうのばっかり。変わり過ぎ。ほんと。……ほんと。


「うん。……もっと」

「……ひなた、くん……」

「うん。……あおい」

「……!!」

「呼んで」

「ひ、……。ひなたくん」

「あおい」

「ひなた……。くん」


 そんなこいつも、……変えられたらいいのに。オレみたいに、すぐ変えてあげられたらよかったのに。
 そうやって頑固になって。守って。オレらには絶対に、自分を守らせてくれない。

 あんたが守ってるのは、一体誰……?
 オレら? そうだろうね。花咲の二人? それもそうだろう。でも、一番守ってるのは『自分』でしょ……?


 オレもそうだった。いや、オレは今もか。傷付きたくなくて、……守って守って。


『葵に似てるなって、ちょっと思ったんだ』


 ……確かに。こういう面倒くさいところ。オレらは似てるのかも知れませんね。
 ただ、……こいつにだけは、幸せになって欲しかった。オレにとって、世界に色をつけてくれた。一番大切で、……大好きな人だから。


「……あおい」

「……ひなた、くん……」


 止められなかった。もう、置いてきたはずなのに、溢れて……。
 思い出されちゃったらどうしよう。アレ、今日は持って来てないのにな……。そうは思ってても、もう無理だ。こいつも逃げないんだもん。……あと。ほんの少しで触れ合うのに。


「(……あーあ。全部一からやり直し)」


 抗う力なんかなくて。
 ただ、……触れ合いたい気持ちに。……何もかもが負けた。