すべてはあの花のために➓


 思い切り、こいつの体を抱き締めて。 頬に半ば八つ当たり的にキスをして。兄貴が言ったであろう言葉で、愛を囁いて。そしたら、……かわいいくらい。真っ赤にさせて。……一旦こいつの小休憩入れてあげて。
 至近距離で目を瞑ったからお説教して。小さなおでこに。……キスを残して。口紅を塗った唇に指を這わして。……こんな状況にしてくれた姉に感謝して。そして――……。


「はい。それじゃあ最後」


 最近あいつ、声出るようになってからガチの肉食まっしぐらだから困るんだよね。オレも、何回攻撃を受けたことか……。少なからず、全く警戒心のなかったこいつに苛ついてる。だってほら。オレがおでこ、合わせたって逃げようとしないんだもん。

 あいつに何を言われたのか聞いた。手を握ったら、やっぱり冷たくなってた。そしたら、「自分が、わたしを見つけたのにって」……そう、言ったらしい。

 ……違う。写真を撮ったのはトーマかも知れないけど。
 でも、そこからちゃんと、あんたを見つけたのは。見つけ、たのは――……っ。


 握っている手に、力が入る。
 わかって欲しい。いや、気づかなくていい。矛盾だらけだ。ほんと、……最初から最後まで。


「いっ。……い、いやだって。自分が、治すからって。言って……」

「それで? キスして欲しそうな顔してたんだ」

「え? ちょ、え? ひ、ひなたくんっ」


 今だってそう。キスしちゃいけないってわかってる。何もかもがパーになる。でも、あんなの見せられたら。……っ、嫌なんだって。
 しない。絶対にもうしない。しちゃいけない。だって、もう。置いていくんだから。

 いじわるのつもりで、ぐっ……と、あと少しのところまで距離を縮めたら、目の前から唸り声が聞こえた。


「はあ……」


 嫌なら嫌って、そう言えばいいのに。そっと体を離したら、やっぱり安堵の息が漏れ出ていた。


「……そんなにいやなんだ」


 別にいいし。今できなくったって、今までしてきたし。
 ……もう、できないのか。わかってる。いいんだってこれで。

 こいつに、会話は決まったかと聞かれた。そんなもの、最初から考えてない。聞くことなんてない。だって、聞いてもあんたは困るだけだ。
 つらそうな顔が、見たいわけじゃない。恐怖で震えて欲しいわけでもない。……だから、こんなオレからあんたにできる話なんて。


「……ごめん」

「え? か、会話とは……」

「ごめん」


 ただ、何回でも謝れるくらい。謝っても許されない罪を。……謝罪するくらいだ。
 もう、どれくらい謝ってきただろう。これで最後の機会だろうからって、何回も何回も。謝ることも、これが本当の最後だろう。最後、……最後。

 そしたらこいつも、最後とばかりにオレに謝ってきた。オレになんか、謝ることなんてないのに……。


「……っ、もう。これで最後。だからね……?」

「え。何、言っ――」


 あんたは、最後にはならない。させないのに。やっぱりこいつから出てくる言葉は全部。『最後』の言葉ばかりで……。
 ……震えてた。きっと、寂しいとか悲しいとか。そんな感情とかよりも、悔しいんだ。最後なのが。


「(ダメだ。信じて。……信じて!)」


 確かに追い込みはかけた。でも、それはあいつがそれでも誰かを『信じてる気持ち』を、オレも信じてるからだ。じゃないとこんなギリギリなことしない!

 だから、無理矢理『帰ってくる』と、そう言わせた。……言わせ、たんだ。無理矢理、……言わせた。