「……まあ、キサちゃんたちが折角こうして話せる機会を作ってくれたから、便乗するよ」
でも、オレには情報が漏れないようにとことんガードを固めていたこいつから、そう返答が返ってきて。……正直、めちゃくちゃ驚いた。だってもう、こいつの中からオレは、消されたものだとばかり思っていたから。
「……閉めないの?」
オレが未だに動けなくて、扉の鍵を閉めなかったから、こいつはそう聞いてきた。
「え? 閉めていいの? 本当に? てか……え? オレと話してくれるの? なんで?」
今まで絶対にオレとは話そうとしなかったのに、……どうしてしてくれるのか、不思議でならない。
だって、どうせあんたのことだから、拒絶してオレのこと守ろうと思ってたんでしょ? まあ、もうあの家には行くつもりは更々ないけど、あんたにとって何か情報が漏れでもしたら、オレは消える。
そうならないようにしてたはずなのに、……なんで。最後の最後でそんなこと……。
「(……違うか。最後だから、オレと話そうとしてくれたのか)」
たとえ裏切り者でも、きっとこいつの中ではオレはまだ友達という括りなんだろう。だから、その友達と、最後の思い出を作るつもりなんだ。きっとそう。
「……取り敢えずさ、話そ? 呼んで? オレの名前」
だったら、……話したい。
情報なんかもういらないし。何でもいい。声が、……聞きたい。
「え? ヒナタくん?」
「……、うん。……もう一回」
呼んで欲しい。あんたの中に、オレがまだちゃんといるんだってこと。……ちゃんと。聞かせて欲しい。
「……ヒナタくん?」
「いっぱい呼んで? ……それだけでオレは十分」
ちゃんと、オレのことを見てくれてる。目が合ってる。……そんなことで。一ヶ月も経ってないっていうのに。すごく、嬉しい。
「……ひなたくん」
「ん」
背中には扉があって、鍵を開けたらすぐ逃げられる。だから、逃げてもいいようにゆっくり近づいていったけど、全然逃げなかった。近づいても……逃げられなかった。
「ひ、……ひなた。くん」
「うん。もっと呼んで」
きっともう。本当に。……これが最後。
いつもそう思ってるくせになかなか最後にならないけど……でも、これがもう本当の最後になるんだろう。だってもう。きっと、助け出した時は完全に友達だと線を引かれるはずだ。そう簡単に、もうこいつには触れられない。触れることが許されるのは、……ただ一人だ。
そっと、あいつの肩に頭を置く。……やっぱり、甘い。いい匂いがする。すごい落ち着く。触れることも、許してくれた。撥ね除けないで、いてくれた。
あいつを助け出すことは、計画通りだ。絶対に何もかもから助けてやれる。でも、見ていて思ったけど。レンに惹かれている様子は、年が明ける前は少しあった気がするのに、今は全然な気がする。
……まあ、オレが考えるこいつの幸せなだけだから。最終的に誰かを選べばそれでいい。こんなオレを選ぶ可能性は、ほぼゼロにしたんだ。ま、そんなにしなくても元々ゼロだったろうけど。
今は、……もう少しだけ。頑張らないと。
だから、少しだけ。もう。……本当に最後、だから……。
もっと。……もっと。こいつを。……少しでも多く。たくさんたくさん。……感じたくて。いっぱいオレを。刻みたくて……。
たくさん。オレの名前を呼ばせた。オレも、こいつの名前を呼んであげた。
もっともっと。……これで最後だからと。一生分、生きていけるくらい。食べてなくて、少し痩せた体を、……力強く抱き締める。
会話なんて、何でもいい。オレの声に、返ってくるだけで十分だ。ただ、刻んで欲しかった。刻みたかったんだ。だから、……見ててずっと妬いてたから。みんなとおんなじことを、オレが上書きした。
……嫌だったんだ。いや。……だった。



