きっともう、オレなんかの腕の中にいることすら嫌なんだろうに。それでもまた、泣くのを必死に堪えている彼女を、……放ってはおけなかった。
「言ったでしょう。私の前では、泣いてもいいと」
追い込んでおいて、こんなことを言うのは卑怯かも知れない。
それでも、オレにとってはこっちが本音だ。ただ彼女には、それは……まだバラしてはいけない。
「何も聞いてません。何も聞きません。……だから今は、思う存分泣いてしまえばいいと思いますよ」
「嫌だ」と、そう言うのはきっと、短くなってしまう時間のことを言っているのだろう。「このまま消えたくなんかない」と、今まで弱音なんか吐いたことのない彼女が、こうして自分の前では吐き出してくれていた。……でも、「ごめんなさい」の方は――……。
また、彼女の涙で制服が途轍もなく濡れている予感がする。
「(……泣かしたのは、一体誰なんでしょうね)」
知ってる。だって、あなたのことを一番に心配している彼から、パシられてきたんですから。こんな自分を、あなたの王子に仕立て上げようとする彼は、一体何が目的なんでしょうか。
正体を明かした時。あれだけ追い込んでも、今目の前にいる彼女はオレらの前では涙を流すことはなかった。泣きそうだった。でも、それでも何かを信じ、そして何かを心に決めた強い瞳だった。……きっと今、あなたはそれをしてきたのでしょう?
「(……ほんと、どっちがだ)」
さっき彼に、やり過ぎだと。そう釘を刺された。……でも、これはもう。明かにあいつの方がやり過ぎだ。
「(一体、何を考えてるんだ九条)」
彼についていくと決めたのは自分たちだ。彼が言ってきたことは今まで間違ったことなどなかったし、実際上手く事は運んでいる。
「(……でも、引っかかっていた。それはみんなもだ)」
どうして自分を、そこまで危ない立ち位置にする必要があるのか。どうして自分を、これでもかというほど彼女から引き剥がそうとするのか。……彼女が、きっとこうするであろうことがわかっていて、何故あいつはそうすることを選ぶ。
「(好きなんじゃないのか、九条。なのにお前は、なんで……)」
彼女の方から、自分を拒絶させるんだ。それは、……本当に『やり過ぎ』だ。
「(お前が。そんなことをするから……)」
震える彼女を、泣いている彼女をそっと抱き寄せる。壊れ物を扱うように。そっと。
だってもう。今にも彼女は壊れてしまいそうなんだから。
彼女の小さな背中を。やさしい香りのする頭を、撫で続ける。
「(追い込んでも、オレが彼女の涙を止めてやるしか、ないじゃないか……)」
彼女をそっと引き寄せて。そう思いながら、気づかれないようにオレは。彼女の髪へとキスを落とす。
――気づいてあげて欲しい。あおいさん。
あいつには、そうする理由が確かにあるんだということを。あなたしかいないんだ。あなたしか、あのバカを止められない。
気づいてあげて。
あなたが、好きで好きでしょうがない。……天使に恋した。愚かな悪魔を――。



