すべてはあの花のために➓


 それから保健室に辿り着いて、無理矢理あいつをベッドへ寝かせた。……先生いないし。ま、流石にオレはそんなことしないけど。


「あんた顔色悪すぎだよ」


 三日寝てないんだ。ちゃんと、寝られる時は寝ておかないと。


「みんな心配してる。……相変わらず冷たいし、そんなんじゃみんなの足引っ張るだけ。ちゃんと仕事もせずに、思い出も作らずに、学校休むことになるよ」


 一番の無理は、寝ないことなんだ。モミジが言ってた。だから、少しでも長い間、オレらといたいと思ってくれてるのなら。……今はただ、眠って欲しい。
 でも、オレには関係ないとそう言い捨てて、オレのせっかくの“意思表示”をぶん投げてきた。


「(オレじゃなかったら、もしかしたら寝てくれたのかも知れない……)」


 だって、『オレ』だから。一番警戒してるんだ。……きっと、オレじゃなかったら……。
 そう思ってももう遅い。みんなにも任されたし、こいつが心配なのには変わらない。


「(あーあ。ミスったな)」


 なんで、無理矢理頼まなかったんだろ。なんで、オレが行くとか言ったんだろ。


「(やっぱり、わかっててもキツいな。これ……)」


 そう思いながら、返ってきたネクタイをグッと握る。


「(だからって、ただで帰すわけには行かないけどね)」


 流石に、怒ってもいいと思う。頑固親父ならぬ頑固娘の手を掴み、出て行こうとするのを止める。


「放してください」

「いやだ」


 行かせない。絶対。だって、今寝ておかないとつらくなるのはあんただから。


「放してください」

「いやだって。何回言えばわかるの下僕」


 強情だと、意固地だと、頑固だと。そんな言葉じゃ、こいつは止められなかった。


「はな、して」

「オレが助けるって、言ったじゃん」


 そう言ってあげても、やっぱりこいつはオレに視線を合わすこともしない。「放して」ばっかり。


「(……っ、人と話す時は、目を見て話せって言われたでしょうが!)」


 もはややけっぱちになっていたけれど、ベッドに引っ張り込んでガッチリと縫い付ける。


「……へえ。仮面外れてるじゃん」

「何を仰っているのかさっぱりわかりませんね」


 でも、こいつは視線は合わせても、オレのことを拒絶していた。……まあ、それもそうだろう。わかってるよ。ちゃんと、……わかってる。


「……何そんなに怒ってるの。図星だからでしょ」

「馬鹿馬鹿しい。顔色なんて悪くなんてありませんし、あなたなんかに心配されたくもありません」


 なんか(、、、)とか言われたら。流石の温厚なオレでもキレる。
 絶対逃がしてなんかやらないと思って、押さえつけてる力を入れ直そうとしたら、その一瞬の隙に思い切り鳩尾を膝蹴りされた。


「(……ッ。ふっざけんなっ……)」


 一瞬、息ができなくなった。それくらい、こいつはオレを――本気で拒絶した。


「……っ、なんで。みんなが、心配するじゃん」

「……そう、ですよね。やっぱり」


 わかってるんなら、無理しないで欲しい。今寝たところで、モミジが出てきてもすぐ引っ込むし。


「……ちょっとでも寝なよ。あんた、ほんと顔色悪いんだって――」


 だからお願い。無理しないで。待ってるだけで。いいんだって。オレだけじゃない。みんなが。あんたの大切なみんなが、あんたを心配してるんだ。


 ――パシッ!

 顔色の悪い頬に手を伸ばしたら、強く払われる。完全に仮面を着けた状態に戻ったこいつに、「触らないで」と言われた。関わるなと。話しかけるなと。触るなと。近寄るなと。たくさんたくさん、拒絶の言葉が降りかかってくる。

 ……大丈夫だ。オレは、大丈夫。
 だって、そうするように仕向けたのは、他でもないオレなんだから。だから、たとえこいつに――……。


「……もう、信じません」

「…………」

「あなただけはもう! 絶対に信じません!! だいっきらいっ……!」


 嫌いだって言われても、……別に。自業自得だし。


「……あ。やば。逃げたし」


 結局保健室から出してしまった。
 ……追いかけないと。追いかけ、ないと……。