「確かに、間違ってはいません。本当のことでしょう。……でもね。それは表の話に過ぎないんですよ」
もはや、どっちが裏か表かなんてわからなくなってるけど。
表で描かれてきた物語は、それはそれはつらいことばかりだ。酷いこと、苦しいことばっかりだ。……でも。
裏の本当の物語は、確かにつらいこともあった。苦しいことも、酷いことも。涙が止まらなくなるほどの悲しい話だ。
それでもそればっかりじゃなくって、ちゃんとあたたかくて、人を愛していたが故のお話なんですよ。
「……あなたは、知っていますか?」
月にしがみついて生きていた家の神の子と、方や日本一の大企業の息子が駆け落ちした話を。
神の子の子どもだったが故に、記憶に優れ、頭がよすぎた子どもを隠そうとして海に捨てなければならなくなった話を。
大企業の息子だったが故に、妻を子どもを守ろうとして、そんな選択をしたくなかったのに海に捨ててしまった話を。
「あなたは知っていますか……?」
望月に生まれ、ただ恋をして憑きが悪くなっただけだというのに、海に捨てられた女性の話を。
自分と同じ運命を辿って欲しくないからと、同じように舟から落ちてしまった子どもの、憑きやすい体質を利用して必死に助けようとしたことを。
その対価として、名前と時を一時縛ることになったけれど、助けたかった女性の想いを。……そして今、そのせいで悪魔となりかけていることを。
「あなたは知っていますか」
道明寺アザミが、薬で狂ってしまっていることを。
道明寺エリカのためを思って、使えないとわざと切り捨てたのに、彼女もまた薬漬けになってしまっていることを。
乾ミクリが、相手のいる女性にただ恋をして、ただ愛していたのに、その女性が亡くなって壊れ、そこに付け込んで薬漬けにされたことを。
……その大本が、白木院カンナかも知れないということを。
「あいつの名字だけを知らないシントさんなら、もちろんこんなことも知ってるんですよね?」
ちょっと嫌みったらしげにそう言ったけど、シントさんはクッションを抱えたまま何の反応も寄越さず。睨んできていた瞳は、静かに閉じられていた。
知ってるところももしかしたらあるかも知れない。でも、知らないこともあったはずだ。だから、もう少しシントさんの言葉を待つことにした。



