『商業科の学校へと行き、今後のためしっかり体に仕事を叩き込んできなさい』


 日本三大財閥。その最上。つまり、日本のトップ企業――朝日向。
 次いで海棠。昔は、その次に柊が入っていたんだが、……今ではもう不良品が大量に出回ったせいで、立て直すこともできずに潰れた。
 皇は、日本五大財閥の一つ。氷川も、元はこのくらいの位置だった。でも最近では、道明寺がここへと入ってこようとしている。

 ……でも、いい噂は聞かない。だから、なるべくあそことは関わらないように、今ではしている。


 朝日向の長男として生まれた俺は、次代を背負っていく者としてあらゆる教育をされてきた。
 決して仕事が嫌なわけじゃない。朝日向自体は好きだし、厳しい縛りはあったものの、俺もその一員となれるよう日頃から頑張っていた。……頑張っていたんだけど、如何せん詰めが甘いというか。何をするにしても平均で平凡。朝日向の息子がこうではダメだと、それはまあ厳しい教育をされた。

 流石に、そんなすぐに平凡を天才になんてできない。平凡は平凡でいいところがある。俺は、今でもそう思う。天才が悪いわけではないけど、別に、特化していいというわけでもない。
 それでもある程度の知識を身につけた俺は、卒業してすぐに会社へと入る道筋がすでに決められていた。別に嫌じゃない。本当だ。今まで頑張ってきた分が、どれだけ通用するのか逆に楽しみだったから。

 ……あの日、あの時。彼女に会うまでは――……。



「カエ~……。ミク~……。どこお~……」


 ほんのひとときの休息。学校は家よりも疲れる。そういう奴らが、俺に媚びを売ろうとしてくるからだ。その対応なんかも教わった。……教わらなかったら、危うく新発売のゲームに手を出すところだったぜ。危ない危ない。
 だから俺は、こいつらといる時が一番落ち着く。家ではまあ、アニメと漫画とゲームが、俺のちょっとした時間の楽しみだったりする。

 今は、それよりももっと心が落ち着く修学旅行に来ていた。
 いやー開放的だなーって。何の拘束もないからさ? ふらふら歩いてたら、いつの間にか二人がいなくなってるんだもん。全く、困った二人だよねー。


「二人ともー。どこ行ったの~……」


 林の中を捜しても、一向に二人は見つからない。ま、俺が林から出られないだけだけど。


「あ! やっと開けたところに――」


 林から見えるのは、開けた砂地。いや~、森のくまさんにでも出会したらどうしようかと思ったけど、それも心配なさそうだ!
 それに、電波も入らないから連絡をしようにもできなかった。これでなんとか連絡は取れるだろうと思って、林を抜けようとしたんだけど……。


「――――……」


 なんて、綺麗なんだと思った。今まで、綺麗な女性を見て、見続けて、いろんな免疫をつけさせられたけど。今、目の前で空を見上げる彼女は、その比べものにならなかった。何かに執着するなんて、オタク関係以外に今までなかったのに。


「また会いに来るよ。必ず。……だから、声だけでも聞かせてくれると、俺は嬉しいな」


 だから、なんとか彼女の心の中を、俺でいっぱいにして欲しかった。俺の心の中が、一瞬で彼女でいっぱいになったように。