すべてはあの花のために➓


「(……なんか負けた感じがする。悔しい……)」


 でも、流石と言うべきだろう。オレが言わなかったことでさえも、何となく言葉の端々で読み取って理解してくれる。やっぱり、親子だな。


「……クルミさん」

「もう、行っちゃうのね」


 寂しそうな表情でさえ、あいつにそっくりだ。不意に手が伸びそうになる。


「何もかも終わったら、もっとじっくり。あいつの、オレが持ってる写真や動画見せてあげますね」

「ええ。楽しみだわ」


 そう言ったあと、クルミさんはゆっくりと目を閉じた。
 ……きっと、あの頃を思い出してるんだろう。それでも表情は笑みを浮かべているから、きっともう、大丈夫だ。


「ひなたくん。ここから出られたらすぐにでも助けてあげたいのに、それができなくてごめんなさい」

「あなたにもいろいろ事情がある。だから、動けるオレがいるんです。任せてください」


 クルミさんは、申し訳なさそうに笑った。
 気にすることなんてない。オレは、絶対にあいつを助けるんだから。


「教えてあげる。彼の……あおいの名前」

「……あの」

「わかってる。場所もね? それから、……彼女(、、)の名前もかしら?」

「……はい。お願いします。教えてください」


 クルミさんはゆっくりと頷いて、一旦社の奥へと戻ってしまった。


「ごめんなさい。あったからついでに写真も持って来たわ」


 そう言ってクルミさんが持って来てくれたのは、二カ所丸印が書かれた地図と、海の写真。そして、知らない女性の写真。
 ……いや、やっぱりよく似てる。同じ血で、濃いからだろうか。


「えっと、彼女の名前は確か……」


 その写真の裏に、彼女の名前を書き記してくれた。


「……うん。こうだったと思うわ」

「ありがとうございます。クルミさん」

「こんなのでも役に立てて嬉しいわ。……彼女も悪魔になってしまわないように、ひなたくんは頑張ってるのね」

「だって、あいつも悪くなんてないですから」

「ふふ。……ええ、そうね」


 年上に、あいつとか言ったから笑われたのかなって思ったけど。多分、そいつともオレが面識があったことに驚いたのと同時に、安心してくれたんだと思う。


「あのねひなたくん。……伝言をお願いしてもいいかしら」

「旦那さんにですか?」

「あ。彼のことすっかり忘れてたわ」

「え」

「彼には……そうね。『ごめんなさい』と。あと『待ってるわ』って。……そう伝えてくれる?」

「クルミさん……」

「あの人にもね、多分事情があったんだろうなって、そう思うの。……やさしい人だから」

「オレも。そう思いますよ」

「ありがとう。……きっと彼も、わたしと同じだったのかも知れないわ」


 わざとわたしを。あおいを。……突き放したんだって。そう思うの。


「わかりました。必ず伝えます」

「うん。ありがとう」


 彼のところに行くなんて一言も言ってないのに。そう言う彼女には、もう何もかも見えているんだろうな。たとえば、……オレがどうしてここまで来られたのかとか。


「それで? 大阪弁のヘタレ野郎には何て言いますか?」

「ふふ。……あのね? 彼のおかげで、わたしはやっぱりここから出たいって。あの時そう漏らしたんだと思うの」


 旦那さんとの出会いの話か。それもきっとあるだろう。


「だから彼には『ありがとう』って。それから、彼女を救えなかったこと。『ごめんなさい』って。そう伝えてくれる?」

「……『ごめんなさい』は言いません」

「え……?」

「クルミさんが悪いことなんか一つもない。臆病だったあのヘタレが悪いんです」

「え。い、いや……」

「……言いはしませんが、そういう気持ちだったことは、伝えておきます」

「……うん。ありがとう」

「でも、あの人にもしも会うことができたら、直接言ってあげてください。……そしたら少しは、あの人も救われると思うんで」

「お名前は、何と仰るのかしら」

「相楽柾さんです。今は五十嵐組という、暴力団で幹部の地位にまで上り詰めちゃった人ですね」

「あら。荒れちゃったのね。健気な人だったのに」

「それ、絶対面白いんでいつか使いますね」

「どうぞどうぞ~」