すべてはあの花のために➓


 そんな勇気、わたしにはなかった。……ただ必死で。いや、でも彼の言う通りだ。きっと、周りが見えていなかったんだろう。


「みんなみんな、守ろう守ろうとしてるくせに、どうして傷つけるんですかね」


 どこかつらそうに、悔しそうに顔を歪めている彼にも、……何か思うことがあるのだろう。


「特に大人は、そうやって自分も、守る相手も傷つける。……そうやって巻き込まれるのは、いつも子どもだ」


 彼が、嘆いていた。
 でも、それは自分自身も当てはまること。何も言ってあげられない。


「だからね? クルミさん。オレは、デコピンで許してあげたんです」


 どういうことか、……なんて。もう予測がついてしまう。


「自分のこと。……少しでいいから、許してあげてください」

「……わたしは……」


 決して許されないことをした。なのに、彼はそう言ってくる。……許してしまったら、それこそ本当に最低だ。だから、自分を責め続けると同時に。彼のことを。あおいのことを。……想ってきたのに。


「……ある意味。拷問のようだわ」


 責めることで、少し気が楽になってたところがあるから。


「ですよね。オレも、そうだったんです」

「え……?」

「絶対に許されないって、そう思ってました。……自分一人だけずっと。自分だけをずっと、責めて責めて。責めることしかできなくて。……だからね? そういうのも、分け合えたらいいと思うんです。それで、お互いを許し合えたらそれでいいと、オレは思うんですよ」


 そうは言われても、……すぐにそんなこと。わたしには難しい。だって、この十数年もの間、ずっとそうだったんだもの。


「クルミさん。大丈夫です」


 いつの間にか彼は、わたしの方を向いていて、小さく笑っている。


「あいつ以上にやさしい奴を、オレは知りません」

「ひなたくんは……」

「オレも、あいつに許してもらえました。……分け合えたかなって、ちょっと思ってます」

「……そっか」


 だってあの子は、彼にとってもよく似てるんだもの。きっと、やさしい子に育ってくれるだろうって。……そう思ってた。


「今すぐじゃなくても構いません。『また』、迎えに来る時までに。あいつに会うまでに。……少しでも許してあげて、向き合う勇気を、ここでしっかり蓄えておいてください」

「……蓄える、か」


 きっと今のわたしには、彼にもあの子にも、向き合う勇気なんかない。


「あ。それじゃあオレが特別に、あいつに会いたくなるおまじないかけてあげますね」


 そう言って、彼は何故かスマホを触り出した。おまじないと言うよりは、何かを見せてくれるようで――……。



『――そこまでよ!!』

「ええっ?! 」


 画面からは、よくは見えないんだけど、女の子が男たちをバッタバッタと薙ぎ倒しているものが、何となく見える。薄暗くて、ハッキリとその女の子の顔は見えなかったけど……。


「あとは、……これとか。それからこれ」


 ……もう。言われなくてもわかった。彼が見せてくれたのは、わたしにそっくりな。中身は彼にそっくりな。わたしの、愛しい愛しい今のあの子。


「あと、ちょっとつらいかもしれないんですけど」


 そう言って、彼はわたしの耳に触れてイヤホンを差してくれた。


「しんどいかも知れません。……でも、あなたは聞いておくべきだと思うので」


 そう言う彼の方がつらそうな顔をしているけれど、耳から聞こえてくるものを聞いて、彼がそう言った意味がよくわかった。