すべてはあの花のために➓


 彼女は、デコピンの衝撃で向こうの壁まで後転していってしまった。


「(おお。オレもついにここまでの領域に……)」

「痛いよおぉー……」


 流石に社の中に土足で入ることなんてできなかったので、クルミさんを応援する形で起こすことにした。


「立て! 立つんだジ◯ー!」

「そ。それって今の子わかるの……?」

「有名なんだからわかるんじゃないんですか」

「そ、そう……?」


 そう言ったら、いつの間にかおでこにバッテンの絆創膏を貼ったクルミさんが、こちらまで帰ってきてくれた。よかったよかった。


「はい。取り敢えずこれで許してあげますね」

「……えっと。いきなりなんでこんなことを?」

「甘んじて受け入れる前に聞きますよね、そういうこと」

「……何か、わけがあるんだろうと思って」


 わけ……か。まあ、本当はぶん殴りたくってしょうがなかったけどね。あいつにあんなことしてるんだから、本当に、殴っても気が済まないかもしれない。


「わけがあるのはクルミさんの方でしょう?」

「え……?」


 でも、本当の話を聞く前に、そんなことオレができるわけないじゃん。この人のおかげで、あいつに会えたんだから。


「話してください。まずはそこからです。オレはこのまま、あなたを悪者になんかしたくない」


 オレの中のあなたも、あいつの中のあなたも、彼の中のあなたも、みんなの中のあなたも。


「……くじょう、ひなたくんって。そう言ったわね」

「はい」

「……もしよかったら、『ひなた』ってどう書くのか教えてくれない?」

「え? いいですけど……」


 そう言いながらクルミさんは、小さく笑いながらオレの方へ手の平を向ける。……ここに書けということなんだろうか。


「ひなたは、……こう書きます」


 オレは、クルミさんの手の平に『日向』と書いた。


「……そう」

「……?」


 そうしたらクルミさんは、その手を大事そうに抱えていて。……その小さく微笑んだ表情が、とても綺麗だった。


「……ひなたくんは、あおいの彼氏?」

「いやいや、違います。生徒会が一緒で……友達、ですね」

「でも、あおいのことを好いてくれているんでしょう?」

「……まあ、そうですけど」


 流石は母親。勘が鋭い。というか、どうしてあいつはわからないんだ。そっち方面の直感を、少しでいいからわけてやって欲しかった。


「『お日様を無くした』って、あの子がそう言ったの?」

「そうですね。それが名字と関係してるんだと思いますけど」

「……きっとあの子、あなたのことがとっても大好きなんだと思うの」

「……そうだと、嬉しいです」

「そうに決まってるわ。だって、あなたの中にお日様がいるんですもの」

「まあ、日向ですから」


 よくわからずに首を傾げるオレに対して、クルミさんは嬉しそうに、にこにこしながら体を左右に小さく揺らしていた。
 年齢的には、きっと30代真ん中くらいだろう。でも、そう感じさせないほど見た目はとても若く、まだ20……いや。もしかしたら10代後半と言っても許せるかも知れない。


「聞いてくれる? 決して許されるものじゃないんだけれど」

「……はい。是非聞かせてください」


 そうしてクルミさんは、父親と初めて会った時から、ここに来るまでの話を。あの頃を思い出しているのか。幸せな表情になったり、苦しそうな表情になったりしながら教えてくれた。