「はー。つっかれたー」
「(ん? ……こんな遅くに、誰かしら)」
一瞬彼と被ってしまったけれど、もうそんな日が訪れることはない。
「……ったく、やっぱり無理とか言って車に残っとくって。オレ来たことないんだからちゃんとここまで案内してくださいよねほんと」
独り言にしてはヤケに大きな声だと思ったんだけど、返事が返ってこない辺りどうやら男の子一人みたいだ。
「ま、なんとか辿り着けてよかっ……え。ていうか本当にこんなところにいるの? 神経疑うわ……」
「(……わたしに話しかけてるわけじゃないわよね……?)」
だって、望月の人間以外、わたしがここにいることを知っているのは彼だけだ。
「(それから、あの時の彼もね)」
わたしの前の神の子を追って出ていった、関西弁のわたしと同じ歳くらいの男の子。
「申し訳ないですけど、オレはこれでもすごい怒ってるんです」
「(え)」
なんだか知らないけれど、男の子は社に向かってそんなことを言っているみたいだ。端から見たら、完全に罰当たりの子だけれど。
「本当のところは知らないですけどね。いろんな人からここのことを聞いて、あなたのこともそうなんじゃないかって思っただけだし」
「(え。この子は一体何がしたいの……?)」
未だに信じられない。ここに戻ってきてからまた、外の人と話すことができるなんて。
「それは、昔々の話なんかじゃないんです」
急に声がやわらかく……ううん。切なげになった。
「信じるかどうかはあなた次第。オレは何もしませんよ」
「(……?)」
「でもきっと、あなたはそこを必ず開けますよ。オレにできないことなんてないんで」
「(……!! ……やっぱりこの子、わたしに話しかけてるんだわ)」
よく声が聞こえるように、薄い戸の方へと移動した。
「あなたの、助けが必要なんです」
どういうことだろう。ここから出られないわたしに、一体何を求めるというの……?
「オレの大切な人が今、ある家に囚われています」
「(……わたしと、同じね)」
「その家で、いろんなことをさせられてきました。これはオレの口からは言えないんです。すみません」
いろんなこと、か……。
ここは、何を求めるでもない。そういう縋れるものをただ、こういう形で祀っているだけだ。
「その人が、もうすぐ枯れてしまうんです。蕾のまま」
彼の言っていることは、よくわからなかった。でも声色から、ふざけているわけでも何でもないんだということだけは、しっかり伝わってきた。
「その人は、その家に作為的に引き取られました」
自分も、もしかしたらそうだったのかもしれない。いや、わたしの場合は無理矢理。強制かもしれない。
「今の家に引き取られる前にいたところでは、とてもよくしてもらっていたみたいです」
「(そう。なんてかわいそうな子なのかしら……)」
自分でなんとかできるなら助けてあげたいと、そう思ったけれど。ここで、しかも出られない状況でできることなんて、高が知れている。
「ま、その家で結構暴れてたみたいですけどね、いろいろ不安定で」
「(よくしてもらっていたのに? 気性が荒い子なのかしら……)」
「それには、わけがあるんです。……そう。【海の魔女】が原因ですかね」
『海』と言われてドキリとする。でも、……魔女って?
「魔女って言ったらかわいそうか。クリオネにしておこう。クリオネって、【海の天使】って言われてますけど、食事の時天使から悪魔に変わるんですよ。めっちゃ怖いの知ってます?」
「(た、確か肉食なのよね。時には共食いもするって。長い触手を出して、獲物を捕らえるんだったかしら……?)」
でも、何でいきなりそんなことを……?



