すべてはあの花のために➓


「おとうしゃん!! おかあしゃんっ!!」


 あの子のこんな大きな声。聞いたことなかった。
 必死に呼んでいた。だから、答えない代わりに、あの子が見えなくなるまでずっと見続けてあげた。

 ……これでやっと解放される。

 幸せだった日々から一転。あの手紙が届いてしまってからはもう。不幸ばかりだ。
 大好きな彼を。これ以上怒らせなくて済む。大切なあおいを。これ以上傷つけなくて済む。もう、大好きな人たちを……巻き込まなくて済む。

 こんなつらいことに比べたら、望月に帰るなんて屁でもない。彼らを守るためなら。わたしは、どんなことだってしてやる。


「さようなら。もう会うことなんてないだろうけど」


 あおいがもう、帰って来られないくらい沖の方へ行ってしまってから。わたしからそう、彼に別れの言葉を告げた。


「ああ。そうだな」


 濡れた服なんて気にしない。わたしたちはそのまま砂浜を歩き、通りへと出たあと、お互い違う道へと歩き出した。


「…………っ」


 今更泣いたって何になる……?
 一番つらいのはあの子だ。泣いたって、わたしは許されないことをした。


「……。う。ううぅ。……っ」


 でも、どうやったって止められなかった。泣く資格なんて、わたしにはないというのに。


「……ごめん。なさいっ……」


 彼に。あおいに。あおばに。関わってしまった。全ての人たちに。わたしに関わったばかりに、不幸になってしまった人たちに。


「うわあああああー……ッ!!」


 彼と別れてからどれくらい経っただろう。通勤の時間帯と重なり、泣きながら歩いているわたしのことを、通り過ぎる人たち全員が驚いていた。

 ……でももう。もう。……っ。限界だった。

 いきなり泣き崩れたから、まわりがすごいざわついている。それもそうだろう。高校生が制服も着ずにこんな時間帯に大泣きしてるんだから。

 ここに、……全部置いていこう。
 もう、泣かないと。あんなところで泣いてたまるか。……泣くことなんて。許されないかもしれないけれど。



 ただ好きになった。それだけだった。愛した。それだけだ。大切だった。大事で。どんなものよりも。彼が。あの子が。
 それさえも、神様は許してくれなかった。最初からやっぱり、わたしの運命は決まっていたんだ。

 ……運命なんて。一目惚れで解決なんかするわけがない。ははっ。それはそうだろうな。


「(どうか。……っ。どうか……)」


 望月なんて大嫌い。月なんて大嫌い。神様なんて、大嫌い。だからどうか。……助けてください。今まで望月の犠牲になってしまった、偽物の神様たち。

 わたしの代わりにどうか。……どうか……ッ。


 大切な彼を。あの子を。……守ってください。