すべてはあの花のために➓


「あおい! また勝手に仕事部屋に入っただろ!」

「あ。……ご。ごめんなしゃい……」


 わたしへの怒りを、彼はあおいに当たるようになってしまった。もちろんわたしにもいつも怒鳴ってはいた。ちょっとしたことで怒り出す彼は、本当にわたしの知ってる彼なのか、心配になるほどで。


「(……当たるならわたしにだけ当たりなさいよ)」


 かといって、あおいを庇うようなことなんてできない。あおいから距離を取っておかないと、嘘を見抜かれかねない。


「……お、おかあしゃん。み、みてみて~……」


 持って来たのは、楽しいとか嬉しいとか、笑顔とか。そんな単語がいろんな国の言葉で書かれていた、あおいのノートだった。
 正直言って言葉が出なかったのは、流石わたしの子だと……。いやでも、本当にこれはすごい。流石だわと思ってしまったからだ。

 あおいは、一生懸命わたしたちの仲を良くしようと必死に笑顔で話しかけてくれていたけれど。……もう。それはできないの。ごめんね。あおい。


 あおいが見せてきたノートを、『ごめんね』と心で謝りながら叩き落とした。


「あんたのせいで近所から変な目で見られるんだけど」

「え。……お、おかあ。しゃん……」


 ううん。変な目で見られていたのはわたしの方だ。だって、学校にも行かず、まだ歳で言えば高校生のわたしが子ども持ちで、こんなところにいるんだから。
 それでも、悪い人ばかりじゃなかったから、今までこうしてやってこられた。だから、あおいは全然悪くなんてないの。


「ご。……ごめん。なしゃい……」

「……謝って済むようならね、警察なんかいらないのよ」


 なんでもよく知っている子どもだ。大人の会話をしたって、この子はよく理解する。……理解なんかできなかったらよかったのにね。


「何もかもあんたのせいよ。あんたのせい。お金無くなっちゃったじゃない」


 そうは言うけれど、責めているのは自分自身にだ。


「あんたのせいよ。全部全部、あんたのせい」


 そう。……もう全部、わたしのせいだ。
 あの時、彼の手を取っていなかったら。戸を、開けなかったら。……ううん。そもそも、外の空気なんか吸わなければ、こんなことには、ならなかったのに。


「あんたなんか、生むんじゃなかった」


 わたしなんか、生まれてくるんじゃなかった。


「あんたのせいよ! 何もかも!」


 もう。何もかも。わたしのせいなんだから。


「ひっ……! ご。ごめんな。しゃい。……っひっく」


 ただ、静かに泣いていた。この子ぐらいの子なら、大泣きするに決まってるのに。

 それからは、もっと彼ともあおいとも距離を取るように心がけた。彼には、あおいを守っていって欲しかったのに。彼ももう、あの頃の彼ではなくなっていた。
 わたしに当たっていたものも、次第にあおいにばかり当たるようになってしまった。わたしもそうだった。あおいから、距離を取らないと取らないとと思ったら、キツい言葉ばかり言って突き放してた。

 嫌だった。本当は。でも、守りたかった。
 ……本当に、好きは矛盾ばかりだ。


 だから彼が、あおいを家の外に出しても、何も言えなかった。全てを引き起こしてしまったのは、わたしが原因だから。
 それでもあおいは、泣き叫ぶようなことはしなかった。きっとわたしが、近所から変な目で見られると言ったせいだろう。近所の人たちから不審に思われないように、昼間は庭で遊んでいた。夜はひっそりと身を潜めて、自分の存在を消していた。

 ……もう。限界だった。