「ただいま~……」
「おかえりなしゃい!! おかあしゃん!」
パタパタと、かわいらしく出迎えてくれるあおいに涙が出そうになる。
「ただいま~あおい。いい子で待ってた~?」
「うん! いいこだもん! まてるよー!!」
むぎゅーっと抱きついてくるあおいを、わたしもしっかりと抱き締める。いつ、できなくなってしまうかわからないから。
「おかえりくるちゃん」
「あ。……ただいま。あなた」
彼も今帰ってきたのだろうか、まだスーツ姿のままだった。けれどネクタイは緩んでたから、着替えようとしてたんだろう。
「最近遅いね? どこに行ってるの?」
「ん~? 最近ね、またお友達ができたの」
だから、その人たちに会いに行ってるのと、そう嘘の笑顔を貼り付けて答える。
「そうなんだ。最近お金も無くなっていってる気がするんだけど、そのお友達って遠いところいるの?」
「うんそうなの。だから、たくさん話してたら遅くなっちゃって。ごめんなさい」
「ううん。くるちゃんに友達ができたんなら俺も嬉しい。今度紹介してね?」
「そうね。いつか」
その『いつか』なんてやってこない。
……やってきたら最後。彼も巻き込んでしまうから。
「おかあしゃんおかあしゃん!」
「ん? どうしたの~?」
目をキラキラさせながらそう言ってくるあおいがとってもかわいくて、本当に泣きそうになった。
「きょうは、どっち??」
「「え?」」
にっこり笑いながら、その合図は突如として訪れてしまった。
「すばるくん?? それとも、けいいちくん??」
こんなに早くに来てしまうなんて思わなかった。
あいつらにも、もう少し時間をくれと。きちんと二人と話がしたいからと。言っていたんだけれど。
「おしゃけ! おいしかった?? おかあしゃんにこにこ! うれしー!!」
流石、わたしの子どもだと言うべきか。ほんと、……いつから知っていたのかしらね。
「……くるちゃん」
「ん? なーに?」
まだ心の準備はできていなかったけれど。来てしまったのなら、しょうがない。
あおいが言っていた名前は、名刺に書かれていた名前だ。ホストを装っているヤクザの名前。……ほんと。いつ知ったんだか。すごいなーあおいは。
「……お酒、飲んだの」
「うん」
――もう、引き返せない。
最低なわたしを。作り上げてしまおう。
「どこで」
「ホストクラブ」
「なんで」
「なんでって、そういうとこに行く人たちが何を求めてるのか、あなたも知ってるんじゃない?」
お酒がいい感じに回ってくれている。いつになく、思ってもないことがすらすら出てくる。
……嫌だなあ。あいつらに、無理矢理飲まされててよかったとか。そんなこと思いたくないな。
「なんでそんなところ行ってるの! 今すぐやめて!」
肩を掴まれて、彼は必死にそう訴えてくる。わかってる。わたしだって。行かずに済むなら行きたくない。
あおいが、いきなり怒り出した彼とわたしを見て、泣きそうな顔をしていた。……ううん。あおいは間違ってないの。これで、よかったのよ。
ありがとう。踏ん切りが付かなかったわたしに、合図をしてくれて。
「そうは言うけれど。あなた、浮気してるでしょ」
「は?」
ごめんなさいあおば。こんな形であなたを使うことになってしまって。
でも、きっとあおばなら、彼とあおいを大事にしてくれる。もし何かあったら、頼むわね。
「浮気してるようなあなたに言われたくなんてないわ」
「――!! ……くるちゃん!!」
わたしは最低。わたしは最悪。だから、こんな女のことなんて、忘れて。お願いだから。
「あーあ。見つかっちゃった。これからどうしよー」
「……本気で言ってるの」
「え? そんなの、本気に決まってるじゃない」
わたしが、あなたたちを守ろうとしてることは。紛れもなく本気なんだから。
「……ちょっと冷静になれば。俺も、ちょっと一人になりたい」
「冷静も何も、本気で言ってるんだもの。でも、わたしも一人になれて嬉しい」
「あっそ」
そう言って彼は乱暴に扉を開けて、仕事部屋へと行ってしまった。
「……お。おか……。しゃん……」
「…………」
「ひっ……!」
あおいには、一番気をつけておかないといけないわ。わたしの嘘がバレてしまったら。……もう。お終いなのだから。
心の中で何度も謝った。ごめん。ごめんと。でも、表へ出すのはあおいを蔑む瞳。……これでいい。始まってしまったものはもう、あとになんて引き返せないんだから。



