すべてはあの花のために➓


「よーし! そこにけってーい!!」

「え?」

「わーい!! おかあしゃんのじもとー!! ひまわりいい~!!」

「えっ?! ちょ。あなた、それは……」

「大丈夫大丈夫! ……ちょっと大変かもしれないけど、でも逆に楽しめたら、もうくるちゃんもしんどくないでしょ?」

「……うん。ありがとう」


 そんな近くに行っても、わたしたちのことがバレるようなことがなければと。あおいが無事ならきっと、わたしの中から完全に望月の存在が消えるだろうからと。……やさしく笑いかけてくれる彼に。わたしは、どれだけ救われただろう。


「うわあー!! ひまわりー!!」

「あおい、最近それしか言ってないね」

「ふふ。ほんとね」


 それから、京都にある向日葵畑の名所に、日帰りだけれど遊びに来た。


「おかあしゃん! これ! あおい?」

「あおいじゃないけど、あおいにとって大切なお花よ」

「あおいだけじゃないよ。俺やくるちゃんにとっても大切な花だよ」

「わあー!! ひまわり! すきー!!」


 幸せだった。本当に。……本当に。
 あおいの声が。彼の声が。あおいの笑顔が。彼の笑顔が。わたしにとっての。幸せのカタチ、そのものだ――。


「――……!!」


 いっ、今……。なんだかすごく、嫌な予感が。


「ほえー。そんな遠いとこから来たんかえー」

「うんうん! きたー! ひまわりー!!」

「あ、こら。……すみませんうるさくしてしまって」

「子どもは元気があってなんぼじゃー。……にしても、あんたら若いのお」

「そうですか? 最近は若い夫婦が増えてますから」

「いやのー、それにしても若いのう思うてなー」

「いえいえ、そんなに若くないですよ。若作りです」


 彼とあおいが、地元の人だろうか。年配の人と話していて、その会話がおかしくてふっと笑いが漏れる。


「(若いって言っちゃえばいいのに)」


 そんなことを思っていたら、その年配の方と目が合った。


「ん? ……あんた、どっかで見たことあるような」

「……え」


 ……見たことが、ある? ――そんなはずはない。だって。わたしはあの社から全然出たことなんて。ないんだから。


「……あ! すみませんおじいさん。そろそろ帰らないと新幹線に間に合わなくなってしまうので、これで失礼しますね」

「おお、ほうかほうか。気いつけえよー」

「ええー!! ひまわりいい~!!」

「いっぱい写真撮ったから、急いで現像してやるからな~」


 そう言って彼はあおい抱きかかえ、わたしを隠すように腰に腕を回して歩き出してくれた。


「くるちゃん。大丈夫だから」

「……。う、ん……」


 でも、さっきから。あのおじいさんと目が合う前から。鳥肌が。寒気が。止まらないの。


「きっとあれだよ。呆け呆け。あのおじいちゃん呆けが始まってるんだって」

「……うん。そ、そう。ね……」

「……おかあしゃん? さむい? おててつなぐ……?」

「……ううん。だいじょうぶ。だって、こんなに暑いんだもの。……寒くなんてないわ」


 そう。気のせいだ。こんな震えなんて。気にしない。……気にしない。気にしたら。何もかもが。ダメになってしまう。
 ……でも、京都から離れても尚、しばらくはずっと寒気が続いて……。気持ち悪い何かがずっと。わたしに纏わり付いている気がしてならなかった。