すべてはあの花のために➓


 彼に自分から抱きつきながらそう言ったら、体がカチンと固くなってしまった。それでも、……くっついていたい。


「ずっと前から。……好きだったの」


 ううん。……違う。
 むぎゅっと、彼の胸元に顔を埋めた。そしたら彼も、わたしのことをこれでもかと強く抱き締め返してくれた。


「『また来るね』って。……言ってくれた時から。あなたのこと頭から離れなくて。……わたしも。初めて会った時からきっと。あなたのことが好きだったと。……思う」

「………………あーダメだ!」


 え? と思った時には、それ以上に強く体を抱き締められて、正直苦しかった。本気で息ができない。


「ああもうっ! 何でそんなかわいいこと言うの! ダメでしょ!! ここで襲っちゃうでしょ……!?」

「ええ……!?」


 そんな気は全然なかったんだけど。流石に襲われたら困る。
 だって。今は、何でかいつもみたいに上手く、力が入らない。


「だめだー。せっかく決めてたのにー……」

「……? どうしたんですか……?」


 一向に腕を緩める気配がないんだけど。……苦しいんだけど。でも。……離して欲しくなかったりする。

 矛盾ばっかりだ。好きって。


「……いろいろさ、決めてたんだけど」

「え? ……はい。なんですか?」


 さっきも聞いたんだけど……と思うのは、飲み込んでおいてあげよう。


「……また。すっ飛ばしていいかな」

「え……?」


 そしたらまた、耳元に唇を寄せてこられた。
 ……恥ずかしいけど。こそばゆいけど。いやなんだけど……いやじゃない。


「……ねえ。もう一回、キスしてもいい?」

「……!! ……あっ……」


 甘い声。これ以上ないほど、甘すぎる声に。全身に甘い痺れが走る。
 そのせいで。勝手に自分からも声が出てしまった。


「……ねえ。だめ、かな……」

「……。んっ……」


 何でだろう。ただ。声を聞いてるだけだっていうのに。息が上手くできなくて。苦しくて。自分の声じゃないみたいに甘ったるい音が漏れる。


「――……ッ、ごめん。もう待てない」

「え……っ! ……んんっ」


 彼は、わたしの返事さえも吹っ飛ばして唇を塞ぎに来た。……でも、きっと。返事もわかっていたんだろう。


「……息して」

「……。む。無理……」

「お願い。じゃないと。……本当に死んじゃうから」

「……! んんっ。はっ……」


 わたしも。……キスしたいって。思ってることくらい。
 本当に彼は、わたしが苦しくて苦しくて、本当に死んでしまいそうになっても唇は離してくれなくて。なんとか、キスの合間のほんの一瞬で、一生懸命息を吸った。でも、やっぱり離して欲しくないんだ。矛盾ばっかり。

 苦しいくせに。死んじゃいそうなくせに。もっと。……もっとって。彼の甘い口づけを求めるわたしは。……おかしくなってしまったんだろうか。


 それから、……今回はきっとすごい長い間してたと思う。やっと彼が離してくれた時は、うっすら辺りが明るくなっていたから。


「あ! ヤバイ……!!」

「はあはあ。……え? な、なに……?」


 どうやらキスが終わったのは、辺りが明るくなったからみたいだ。


「行こう!」

「ええ……!?!?」


 言うが早いか、彼はわたしの手を掴んで走り出した。


「ちょっ。……わた、わたし。家に」

「ダメ! あそこから出てきたその日に連れて行くって決めてたから!」

「え!? そ、それは聞いてない……!」

「だって言ってないも~ん」


 なんだろう。ヤケに楽しそうなんだけど、この人……。


「新月に来てたのは、君が家の仕来りとか、その他諸々のせいで月が好きじゃないかもって思ったから」

「……!!」


 やっぱり、彼は知っていたんだ。でも、わたしは何も言ってないのに。


「あ。……やっぱり本当なんだ、あの噂」

「……。え」

「聞いたのは噂。俺は、……君の口からちゃんと聞きたい」

「……。っ……」


 本当に。この人は、何でこんなにもやさしいのだろう。


「あと! 真っ暗な方が誰にもバレずに君を攫えるかなって思ったから!」

「……ん?」


 え。……今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが。
 わたしの嫌な予感が的中したかのように、彼は振り向きながらにっこり笑って――――。