そして彼は、約束を違えることはなく、またわたしに会いに来てくれた。
いつも来てくれるのは新月の夜。望月のことを知っているのかなと少し思い、どうしてその日に来るのか聞いたら……。
『こっそり会えるでしょ?』
多分暗いからっていう意味だと思う。そう教えてくれた。
望月は、月にのみ従う家。それが出ていない日は、ほんの少しだけ気が休まっていたけれど。彼が来てくれることで、その日が自分にとっていつしか、とても大事なものになった。
「……あの」
「ん? 何?」
戸に隔たれた向こうから、彼の声が聞こえる。
あれから彼とは、一度も会ってはない。ただこんな、少し動かせば開いてしまうような戸でさえ。自分には、開けることができない。
「……どうして、何も聞かないんですか?」
「ん? 何を? あ、もしかしてスリーサイズとか?」
「そんなわけないでしょ」
こうやって、いっつもはぐらかされる。
望月のことやわたしのことは、絶対に彼は聞いて来なかった。ただいつも、本当になんでもないような。そんな話しかしなくて。
「……なんで? いっつもそう……っ」
「え……」
そんな、彼のやさしさが、温かいのに。どこか。……酷く寂しい。
「……なんでいっつも。そうやってはぐらかすの」
「……泣いてるの?」
あれから何回、月のない日を迎えただろう。
もう、自分が今抱えてる気持ちが何か、十分わかってる。
「……どうして。何も聞かないの」
あなたになら話したいって。わたしの名前。呼んでみて欲しいって。あなたの名前も。呼んでみたいのに……。
「どうして。……会ってくれないのっ」
矛盾してるのは十分わかってる。わかっているけど、それでも簡単に開くこの戸を彼に、……開けて欲しかったんだ。自分には、どうしたって。開けることなんてできないんだから。
「押してダメなら引いてみろ」
「……。え?」
な、なんか今、戸の向こう側から何かが聞こえた気がするんだけど。
「友達に相談したらそう言われたからさ? そうしてみたんだ」
「(やっぱり、そのお友達もちょっとおかしい……)」
「でも、泣かせるつもりはなかったんだ。ごめん」
「……。……いえ」
そんなことで泣いた自分に、羞恥が込み上げてくる。
「……まだ泣いてるの?」
「……泣いて。ないです」
「うーそ。泣いてるでしょ」
だって、……そうとわかってても。会いたいんだ。今すぐに。
「……泣いてる顔見たいな」
ある意味よかったかもしれない。戸に隔たれてて。
「だって、俺のせいで泣いてるんでしょ? だったら俺が、その涙を拭ってあげたいなって思って」
でも、泣いてる顔なんて見て欲しくなんてなかった。だって、絶対に変な顔だから。
「でもね、できないんだ。俺の中で、決めてることがあるから」
「……? 決めてる。こと……?」
「うん。そうだよ」
その一言は、すごく切なく聞こえた。
彼が話す、その声だけで。……わたしの胸は、苦しくなっていく。



