すべてはあの花のために➓


「……君は、とってもやさしい人だね」


 なんだか悲しそうに笑いながら、彼はそう言うけれど……。なんでだろう。さっきよりも胸が痛い。


「……わたしには、あなたの方がとてもやさしい方だと思いますよ?」

「はは。……そっか」


 乾いた笑い声で、彼はそう言ってくれたけど。決してそんな、つらそうな顔をして欲しいわけではないのに。


「でもね。申し訳ないけど、俺にはもう君しか見えないんだ」

「え……?」


 まだ、少しつらそうな表情だけれど。それを払拭しようと、明るい声を出そうとしている。


「ごめんけど俺は、諦めるつもりはないよ」


 だんだんと、彼の瞳に力強さが浮かび上がってくる。


「だって、君がいないと俺は、これからずっとこんな顔だ」


 そう言う彼は、日本の人差し指で垂れ目を作っている。


「いいの? これからずっとこんなだよ? やさしい君は、こんな俺を放っておくのかな」

「……。ど、どうすれば。いいんでしょうか」


 ちょっとかわいい気もしなくもないけど、彼が表そうとしているのは、悲しみに暮れている表情なのだろう。そんな顔を、どうしてか彼にはして欲しくなかった。
 わたしがそう聞いたら、彼はすっと指を外して、とっても嬉しそうな顔で笑いながらこう言った。


「また会いに来るよ。必ず。……だから、声だけでも聞かせてくれると、俺は嬉しいな」


 そんなのもう。断れるわけないじゃないか。
 本当、……なんでこんなわたしのことを。物好きな人もいるもんだと。そう思ったら少しおかしくなって、ふっと笑みが零れる。


「はいっ。よければまた、お話しにいらしてください?」


 これが、会うことはできない秘密の逢瀬の始まりだった。

 それから彼は、名前も言わず聞かず、ただ『また』と言って帰って行ってしまった。


「……あれ? あの人迷子じゃなかったっけ」


 おかしいな。なのに彼は、そこが正しい道だと言わんばかりの後ろ姿で、スタスタ歩いて行ってしまっている。


「お友達の方と、連絡が取れたのかな」


 それならそれで安心したけれど……。それでも、彼がいなくなっても、しばらく自分の心臓の鼓動の速さは治まらなかった。


「……変わった人……」


 でも、なんだかとても楽しかった。外には、いろんな人がいるんだな。


「次はいつ、お目にかかることができるでしょうか」


 また会える日が、とっても楽しみになった。