すべてはあの花のために➓


「あのー。すみません」

「……!!」


 人がいるなんて思わなかった。
 わたしがいる社は、大社とは違う場所にある。敷地内の端の端。社と言っていいのかさえわからないくらい、小さくてお粗末なところだ。

 たまに息抜きに社から出て、外の空気を吸うぐらい。こんな僻地に、誰も来ないだろうから。
 ……あの時の彼は来ていたみたいだけど。それでもここは、大社と道が繋がってるわけでもないから、そうそう人とは出会さないはず、なのに……。


「……あれ。聞こえなかったのかな」

「あ。……すみません。聞こえて、ます」


 あの時の彼が初めてだったけれど、その時はまだ、面と向かってではなかったから。こうして、家の人間以外と話すなんて。初めてで。


「……そっか。よかった」

「……!!」


 ふんわりと、ただそう答えただけでわたしなんかに笑いかけてくれる彼に、心底驚く。


「すみません。俺極度の方向音痴で……」

「……え」


 どうやら迷子だったようだ。わたしよりは年上……っぽいけれど、ここら辺では見たことがないような学生服に、彼は身を包んでいた。


「あ。俺、修学旅行で来たんです。それで、いつの間にかみんなとはぐれてしまって……」

「そ、そうなんですか」


 なんだろう。見た目はとてもスラッとしていて、綺麗な顔をされているのに。話すとどこかやわらかくて、ちょっとかわいらしい。


「あ、あの。お連れ様はどちらに……?」

「……どこだろう」

「ええ……!?」


 だ、大丈夫かなこの人。どこか抜けていて、心配になる。


「た、多分、大社の方におられるのでは……?」

「大家城? 大家さんのお城があるんですか?」

「違います」


 どうしよう。抜けてるどころじゃなかった。


「あは。冗談ですよ。じゃあ、ここは神社じゃないんですか?」

「えっと。一応は社です。お粗末ですが」


 だって、祀っているのはわたし。神なんてもの、ここにはいない。
 ここは、……家のための社。家が縋り付く、偽物の神がいる社。


「あ。お賽銭入れても?」

「……入れても、御利益なんてありませんよ」


 だって自分は、神などではないのだから。


「いえ。これは、お礼のつもりで」

「お、お礼……?」


 まだ道案内すらしてないし。というか、連れの方には連絡を入れたのだろうか。
 彼はお賽銭を入れ、二礼二拍手をしたあと、手を合わせて目を瞑る。しばらく経った後ゆっくりと手を下ろし、その綺麗な瞳を開き一礼した。その動作だけで、……目を奪われるよう。


「君に、会えたから」

「……え?」


 あれ。いつの間に彼は、わたしの方へ視線を向けていたんだろう。


「君は、運命とかって信じる?」

「え。……え?」


 あれ。どうして彼は、わたしの方へ近づいてくるんだろう。
 近づいてくる彼が、……ほんの少し怖い気がして。一歩。また一歩と後退ってしまう。


「あれ。どうして逃げるのかな?」

「な。何故でしょう……」


 怖いとは、……少し違う。
 でも、彼が少しずつ近づいてくる度に。距離が縮まる度に。心臓が早くなっている気がする。


「わかんないんだ。ちょっと面白いね?」

「え。え……?」


 背中に木が当たってしまった。そして、気が付いたら目の前に彼がいた。やっぱりそう考えたらちょっと怖いのかもしれないけど。


「ねえ。君は、一目惚れって信じる派?」

「……!」


 そう言いながら、彼はわたしの髪をやさしく掬ってくる。そんなことをされたことなどもちろんないから、どうしたらいいのかよくわからなかったけど。

 ……っていうか、これが外の世界なの? お、恐ろしいわ外の世界。