『ん? ……あそこ。誰か倒れてないか?』


 けど幸か不幸か、俺は彼女を見つけられんまま、陸に打ち上げられとった。それを見つけてくれたんが紫苑さん。助けてくれた命の恩人や。たまたまこっち方面の集会に来とったらしい。その帰りに拾ってくれたらしいんやけど……。


『……離せッ! 俺は、あそこに戻らなあかんねん……!!』


 目が覚めてすぐ、また海へと行こうとした。


『お前、なんでまた海に戻りたがる。まさか人魚か!』

『離せアホ! ……急がな。……っ、急がなあかんのや……!!』

『そんな必死になって、何をしに行くつもりなんだ』

『……っ、さがしにっ。行かなあかんねん……!』


 女の人が、あそこの海に置き去りにされたんだと。そう伝えたら、紫苑さんは目を見開いたあと、俺の頭を打っ叩いた。


『それを早く言え!!』

『ええ……』


 大急ぎで紫苑さんと組の人たちが、一緒に海まで行って、しかも船まで借りてきてくれて、沖へと捜しに行ってくれた。


『名前は?! なんて言う?!』

『……。わからん』

『はあ!? そんな。……くそっ』


 ただただ、舟がないか。女性が海にいないか。それだけをただ、俺らは探した。
 彼女は、とうとう見つからんかった。捜索やて、頼もう思うても、彼女がなんて名前なんか。どんな顔でどんな姿なんか、俺は知らんし。そもそも俺は、……部外者や。


『どこの家の人とかも、わからないのか』

『……わからん』


 実際あの神社にいたからって、本当に望月かなんて、そんなのわからん。それよりももう、思い出しとうなかった。
 俺の居場所が。俺の全てが。もう、なくなってしもうたんやから。


『……お前、名前は?』

『……マサキ』

『名字? 名前?』

『……名前』

『名字は? 家まで、送ってやる』

『……家は、ない』

『は?』

『家なんて。……最初から俺にはないんや』


 あんな家、家と違う。容赦なく、心ん中に風が吹いた。俺には何もない。すっからかんや。


『……時に聞くが、お前、男好きか?』

『っ、はあ……?!』


 紫苑さんは、誘い文句とは到底思えん危ない感じで、五十嵐組に俺を引き入れた。……俺を、拾うてくれたんや。
 五十嵐組を、俺の居場所にしてくれた。俺に、居場所を作ってくれたんや。


『マサキの最初の仕事は、俺の奥さんのお手伝いからねー』

『よろしくねマサキくん?』

『え。あ、……はあ』


 本当に暴力団か? と思うくらい、組ん中は温かかった。それは多分、紫苑さんと奥さんの『沙羅(さら)』さんの雰囲気が、強さの中に温かさがあったからかもわからんな。


 それから何年か後にカナが生まれた。その何年か後に沙羅さんは組を出ていった。……ま、出て行かざるを得んかったって言う方が正しいか。

 こっちに来ても、いろいろあったやんな。カナと日向くんたちが仲良うなって、大きゅうなって。
 柚子ちゃんも先生も、ほんま、申し訳ないことしたわ。大事やったからな。それだけカナのこと。あそこのこと。


『……紫苑さん。ちょっとええですか』


 日向くんから連絡が来てから、多分望月言うんはそこなんやないかなって、思うとった。……でも、やっぱり嫌やった。


『ん? どうしたの』

『あの、……3月の後半、ちょっと組空けたいんやけど』

『何があった』


 もう紫苑さんには一応、オレが捜しとった彼女が望月の関係者だったことも、俺が相楽だってことも話しとった。


『……ちょっとな。京都まで駒になって行ってこなあかんくなった』

『……京都、か……』


 断ることなんかできん。いや、よっぽど行きとうなかったら、日向くんは無理させん思うとるで?
 でもな、行きたい気もすんねん。矛盾しとるけどな。


『……京都のな、望月さんとこ行くんやて』

『望月って……』


 紫苑さんも心配しとった。
 ……でも、大丈夫や。もう死のうとは思わん。


『やから、……望月さん家、一緒に調べてえな』

『……そうだね。そこ以外を調べような』


 やってもう、そこは調べきっとった。せやから、ホントの話やって、確信したんや。


『あー……紫苑さん。帰ってきたら美味しい酒奢ってー……』

『はは。……ああ、いいよ。無事に帰っておいで』


 大丈夫や。やって、俺の居場所はもう、ここにあるんやから。