『お~い。今日も来たったで~』


 でも社に声を掛けても、返事が返ってこなかった日が続いた。どうしたんやろうかって思うたけど、子どもの俺にはどうすることもできん。


『……今日は、供物仰山持って来たんやけどな』


 多めに持ってきた二重焼き。それを食べながらまた、そこに泊まったりしよった。……そんな日が結構続いた。どれくらいやったかは、わからんけどな。

 会いとうて会いとうて、仕方なかった。
 毎日……とはいかんかったけど、行ける日は行きよった。それで、次に会うた日は何話したろうかなって考えよった。


『……俺な、家族と血が繋がっとらんねん』


 せやから、家におるのがつらかった。
 家に居場所なんてない。家に行けば、虐げるような目で見られる。それが、……俺にはつらかってん。

 触れて欲しかった。たくさん声が聞きたかった。……けど、もう触れてきてくれることはなかったんや。


『……なんや、なんかあったん?』

『ううん。何もないよ? ……ただ、久し振りに声が聞けて。嬉しくて』

『……そ、そうかあ』

『うん。ふふっ』


 白い手さえも、見ることができんかった。けど、ただ声が聞けるだけでも嬉しかったんや。
 でも、それももう見られんくなった。聞けんく、……なったんや。


『……今日も、おらんの……?』


 どれくらい通い詰めたか。賽銭なんかやったことないけど、やって会えるならやったろうかなと思うぐらい、おかしゅうはなっとったな。


『……あなたは、だれですか?』

『は?』


 おかしいなと思うた。俺の耳がおかしゅうなったんかと。
 彼女の声は、大人っぽい中にも、どこか子どもっぽいあどけなさを残す声なのに。聞こえたんは、子どもの声。


『……お前、誰や』

『わたしは、新しくこの家を守ることになった者です』


 どういうことかと思って、その子どもに聞いた。


『……うそ、やろ……』

『嘘ではありません』


 俺と会うとったせいで、そんなことになっとるとか知らんかった。触れてこんかったんは、やせ細った手を、俺に見せんようにしとったとか。そんなん。……俺は知らんかったんや。


『……ッ、くそッ……!!』

『どちらへ』

『はあ!? そんなん、助けに行くんや!!』

『……残念ですが、仕来りが行われたのは一週間程前です』

『行ってみなわからんやろ……!』

『……やはり、ここはおかしいんでしょうか』

『はあ……?!』


 行きたかった。もう、間に合わんとわかっとっても。


『……おかしいどころやないで。お前もこんなとこにおるつもりか。……こんな、自由を奪う檻ん中。……ッ。さっさと引っ張り出したったらえかったわっ……!』


 それから俺は、駆けていった。彼女が捨てられてしもうた、遠い海まで。


『はあっ。はあ……』


 遠かった。新幹線でどのくらいやったか。さっきの子どもの話によると、もし“そうなった時”は、ここの海に一人舟へ乗せるんやて。……そう聞いた。
 やっとの思いで辿り着いた。まだ子どもの俺には、無い金叩いて。それでももう。遅いてわかってても。……信じとう、なかったんや。


『――――ッ!』


 でも、捜しとうても、何て呼べばいいんかわからんかった。こちとら、……名前すら知らんのんや。


『……っ。アホ、やん……』


 姿さえ顔さえ、知らんかった。
 わかるんは声と、その白く細い手だけ。

 でも、それでもよかったんや。こんな遠くまでよう来た。ほんま。ただのアホやと思われるやろうけど。


『――ッ!』


 ならもう、俺にできることは一つしかない。そう思うた。

 沖へ。……ただ沖へ。もしかしたら、穴なんて空いとらんかもしれん。……っまだ、ちゃんとおるって。そう、思いたかったんや。
 冷たかった。……こんな海に、一人で。助けたりたかったんや。


『……ぷはっ! ……どこや! どこに。……おるんや!!』


 真っ暗な海には、舟なんてものはどこにも見当たらんかった。それでもただ、ひたすらに捜した。


『……くそ。……くそおおおお……!!』


 俺にとっての、唯一の居場所やった。学校やて、まともに行ったためしなんかない。でも、行けない彼女の代わりに頑張って行った。嫌々やけど、それでも学校がどんなとこなんか話したりたかった。
 義務教育は終わった。もうあの家には帰らん。いや行かん。これからやったんや。これから、もっと楽しい話。……したるはずやったのに。