あれは確か、中学の話。いろいろごたついて、家になんかあんまり帰った記憶はない。帰ったと言うよりは、飯を食いに、寝に、行っとったな。まあ、家に帰りたくなくてその辺をうろうろしよってん。その辺言うても、なかなかの広範囲やけど。
そこで調子に乗って行きすぎて、寝に行けんくなった。しかも天気が悪なって。そこで目についたんが望月の神社。小さな社に、雨宿りついでに一晩泊めてもらったんや。って言っても勝手にやけど。
社ん中に入る勇気はなかったからな。本当に雨宿りしとっただけや。……その時にな、社ん中から声が聞こえてん。マジでびびった。逃げようかと思ったけれど、どこかやわらかい口調に、オレは離れるのを止めたんや。
『あんた、誰や』
『あなたこそ誰よ』
初めの会話はこんなん。確かにな。俺の方が余所もん。そうなるんは当たり前やな。
それから、お互い名前は言わんかったけど、俺がここに来たこととかを話してん。……ほんま、いろいろ話してん。
『ほれ。たい焼き。食うか?』
『……供物?』
『普通に差し入れ』
『さ、差し入れ……』
俺が社に来る度に、いろんな話をしてあげてん。本当の、世の中の話とかな。
『食えんのんやったら、別に俺が食うで?』
『た、食べるし……!』
声は聞こえる。時々こうやって何かあげた時に社の中からそっと伸びる真っ白な細い腕が見えるくらいで、顔も姿も、よう知らん。
『家は、……嫌いや』
いろんな話の間に、俺のことを話して欲しいと言われた。言うてもおもろない話や言うたんや。
でも、それでも聞かせてくれて言われたから、嫌やったけど話たった。
『そう。……わたしは、そんなこと思ったことないわ。あなたから、……いろんな話を聞くまでは』
彼女の方からも話を聞いた。せやけど、おかしいことばっかや。信じられんことばっかやんな。日向くんも知っとるやろ? ……ホンマの話なんやて。
彼女は、俺の話に肯定も否定もせんかった。どう言ったらええんかわからんかったいうのが、正しいかもわからん。俺の話を聞くまで、自分が置かれとる状況がおかしいなんてこと、知らんかったんやから。
けど、家の話をする度に、やっぱりどこかつらくなる。でもそんな俺に、その度に、そっと戸の隙間から手が伸びてくるんや。
白くて細くて、少しひんやりした手が。……俺の手に、そっと重なってくる。落ち込んだら、いっつもそうしてくれた。
そうしてくれるんが、……なんや。ちょっと気恥ずかしいけど、嬉しい? ような気がすんねん。わざと、触って欲しくて落ち込んだ振りも、しとったけどな。
ただ、何を言うまでもない。ただ、そっと触れてくれるその手に、やさしい声に。俺は多分、惹かれとったんやないかと思う。
家なんかに行きとうなかった。せやからしょっちゅう神社に行きよった。行った時は必ず彼女はおったし、いっつも話して、時々そこで朝日も拝んだりしよった。……必ず、おったんや。



