すべてはあの花のために❾


 オレは、動かない体を必死に動かして、アオイの首裏に手刀を入れた。


「はあ。はあっ……」

「……アキくん、大丈夫?」


 気絶し、ぐったりとアキくんに覆い被さるアオイの体を引っ張り起こして抱え上げる。


「……まあ。なんとか……」

「……すごいことになってるけど」

「え……?」

「そこ」


 オレは両手が塞がってたので、視線と首で、アキくんの首元を指す。


「……うっわ」

「え……」

「……これ。あの子が……?」

「い、いや、まあそうだろうけどよ……」

「あーちゃんっ……?」

「(まああたしは、あれ以上の数があっちゃんの首についていたの見てるし……)」


 これでもかというほど、そこには所有の印が付けられていた。アキくんはダッシュで洗面所まで行って確認してきたあと、真っ赤にして壁の隅に小さくなってしまった。


「(……何勝手に他人につけてんだよ。下僕のくせに)」


 落ちそうになるアオイを抱え直し、オレはみんなに話す。


「取り敢えず。今のこいつ、なんかおかしかったからさ」


 あおいは、みんなにアオイを見られるのを嫌がってる。だから、オレが今してやれることは……。


「みんなもさ、こいつがこんな奴じゃないってこと、わかってるでしょ?」


 ぎこちないものの、頷いてはくれる。でもみんなは衝撃を隠しきれないように固まっていた。


「……チカ。あいつがお前のこと、本当に使えないって思ってると思う?」

「い、いや。思うわけないし……」

「わかってるんならいいけど」


 みんなに、こいつのことを信じさせてやればいいだけだ。


「ツバサ。大丈夫? ちゃんとまだ男?」

「マジで持って行かれるかと思ったけどね……」

「そ、そう。よかったね……」


 ツバサは、がっくりと肩を落としてた。よっぽどつらかったに違いない。よかったよかった。


「カナ」

「はい……!?」


 あの時カナに睨まれたように、オレも睨み返す。


「今すぐ忘れて」

「……はい?」

「見たでしょ」

「え?」

「見たんでしょ」

「……え」

「み・た・ん・で・しょ」

「ひ、ヒナくん……?」

「今すぐ忘れないと、お前の商売道具すぐ使えなくなるよ」

「……!!」

「どっちがいい? こいつの裸見たのを忘れるのがいいか、自分の大事なムスコがいなくなるのが――」

「忘れます! 忘れるからっ!」

「早くそう言えばいいんだって」


 オレはあいつを抱えながら、カナを壁際に追い詰めてようやくそう言った。よかったねー。大事なもの守られてー。


「オウリもさ。わかってるんでしょ?」

「もちろん! ……ただ、あーちゃんどうしちゃったのかなって思って」


 やっぱりこいつはもう、あんな酷いことを言われたってちゃんとわかってた。言葉が通じなかった分、あおいの……ううん。アオイの気持ちの奥を、読み取ってた。


「そっか。よかった」

「どうしちゃったのかなあーちゃん。あれかな? 飲み物飲んだら暴走しちゃったよ! てへ? みたいな?」

「もしかしたら酔っちゃったのかもね。変な体質なんじゃない?」

「それこそ無理があるでしょ。あおいチャンが飲んだのって、最早それを抑えるヤツだし。炭酸だし」


 そうアカネが、オレの冗談にまともに返してくるし。やめてよ、オレがバカみたいじゃん。いつものノリはどこに行ったの。


「アカネは……何。あのあと熱烈キスしたわけ。ねえ」

「うん。したよ」

「……ま、もういいけどね。過去には戻れないし」

「ちょっとヒナくん! 俺と全然違うじゃん!」

「はあ? そんなの、今のこいつじゃなかったからでしょ? そんなこともわからないの? バカなのねえ」

「え……。なんで俺はこんなに……」

「おかしくなってないこいつじゃなかったんなら、オレは何も言えないし」

「ひな、くん……?」


 だって。そんなのオレに、どうこうすることなんてできない。オレは、ただこいつを、見えないところで守ってやることしかできないから。