「じゃ。よろしくねキサ」
「日向」
パシッと腕を取られて、出ていくのを阻止される。
「何」
「あんたは、本当にそれでいいの」
睨むように、いつもより低めに声を出してくるキサは、少し怒っているようだ。
「キサが言ったんじゃん。幸せは、その人が決めるものだって」
「そうだよ。だから聞いてんの」
「これがオレの幸せだ。キサが決めつけないでよ」
「それが本当の幸せか? 決めつけてるじゃないか」
「何のことだか」
「あっちゃんは、あたしよりも日向からもらった方が喜ぶと思う。あんただって、自分の手で渡して、喜んでもらえた方が嬉しいでしょ?」
「オレは、あいつが笑ってるんならそれでいい」
「別に、自分が笑わせてやれなくてもって?」
「うん。だってオレは、あいつを心から笑わせてやることなんてできないし」
「……っ、それが! 決めつけだって言ってんの!」
「決めつけでも何でもない。これがオレだから。……ごめんね、キサ。オレなんかに使われちゃってさ」
「それは。……いいんだけど。でもそれじゃあ、本当のところ、日向自身はっ」
「オレのためを思ってそう言ってくれてるんだと思うんだけどさ」
空いた方の手でキサの手首を掴み、解く。
「……っ……」
「そういうの、余計なお世話。オレはオレのしたいようにやってるからさ? キサもオレのこと、応援してよ」
そう言って、オレはキサの部屋から出て行く。
もう、キサがオレのことを追ってくることはなかったけど。
「っ、ひなた……!!」
後ろでそう、叫んでるのが聞こえる。
「よろしくねキサ。頼んだよ」
振り返らず、後ろ手でキサの部屋の扉を閉めた。
ある部屋では……。
「あんの、不器用男があ~……!」
ヒナタから受け取ったハートを握り締め。
「なんで。あんたはそんなに臆病なんだ……っ」
なんとかしてやりたいという気持ちが募る一方で。
「……でも、手を出したりしたら。あいつはもっと、あっちゃんから離れていきそうだ」
どうしてやったらいいかわからずに苦しむ奴が一人。
ある部屋では……。
「あー。……マジオレ最低じゃん……」
ただ、自分の本当の気持ちがバレてるのはわかってるんだ。
「……でも。どうやったってオレは。近づけないんだ」
ただ。こうすることでしかあいつを。そして、オレ自身を守ることなんてできなくて……。
「……オレだってっ。オレの手で笑わせてやりたいに。決まってるじゃんっ」
その矛盾だらけの気持ちに。体を。心を。支配されている奴が一人。
ある部屋では…………。
「……あ。あかね、くんと……っ」
真っ赤な顔を何とかしようと、シャワーを浴びていた。
「……わわわ。……どどどど。どうしよう……」
そっと唇を触りながら、アカネに謝罪をしようと思いつつ。
「……どどどど。どうしたって。いうんだ……っ」
未だに早くなってる鼓動を、なんとか鎮めようと、胸に手を当てる。
「……。わ。……わらって。くれた……」
ただ、それだけのことなのに。……思い出しただけで。胸が苦しい。
「……誰に。言われたって。……お世辞だとしか。思わなかったのに……」
……なんで。彼から『綺麗』だって。褒められたら……。
「~~……っ。し。しずまれえ~~い……」
また思い出したら早くなる。こんなこと、今まで一度だってなかったのに。
「……な。なんなんだ。いったい……」
この気持ちの正体にただ。悩まされてる奴が一人。……いたらしい。



