「なんだこれっ!」


 全然ビクともしないんだけど。
 ……え? こういう施設じゃないよね? こいつの部屋の前だけだよね??


「あーちゃーん。たーすーけーてー……」


 オウリがそうやって叫んだら、何でかキサの部屋が慌ただしい音を立てだした。


「(おい。何そっちに避難してんだっつの)」


 ガチャリとキサの部屋の扉が開いて、「だ、だいじょうぶ」と、あおいは言いかけたんだけど。


「取れねえ!」

「あーちゃんっ」

「……(殺)」


 ふざけんじゃねえって視線で睨んだら、『何も見てないです……』と言いたげな様子でキサの部屋に帰って行きやがった。


「(はい許さないー)」


 困ってるこんな幼気な男の子たちを、放っておくなんて最低。いじりに行きます。けってーい。


「や、今すっごい殺されんばかりの視線が、すでにこちらを睨んでいたのでやめておこうと――」

「へえ? 誰に殺されそうだったのか言ってごらんよ」

「ひいっ!?」


 スリッパを脱げばいいだけの話だし、さっさと脱いでキサの部屋に入ってあいつの頭を鷲掴みにする。


「キサちゃーん! 余ったスリッパあるよね! それヒナタくんにあげていいー?」


 オレが裸足なのことに気がついて、いつの間にかオレの拘束から逃げ出していた。


「(手、離した覚えないんだけど……)」


 そういうことに関しても、それぐらいの脱出力を発揮して欲しいと思ってしまった。


「(……違うか。オレだからだろうな。多分)」


 やっぱりどこかみんなよりも距離があるような気がしてならない。……でも、これでいい。これ以上は、今度はオレが止める。
 そんなことを思っていたら、あっという間にあおいがオレの足にズボッとスリッパを履かせてきた。


「……ふっ。どうですかシンデレラ?(笑)」

「……すごい複雑」


 いや、別にいいんだけどさ。こういうことって……あー。多分あいつに言っても、「なんで?」って阿呆面で返してきそうだからいいや。
 でも、最近はアヤメさんやナツメさんにいろいろしてもらったけど、基本オレは誰かに何かをしてもらうことなんてない。……だって今は、そんなことをされるだけで、胸が苦しくなるんだ。

 母さんがあんな状況になって、今まで一人でしてきたことがたくさんあった。ほんと、結局なんでもできるようにまで。


「(オレがきっと、あいつを下僕って言って縛り付けてるのは……)」


 あいつになら頼りたいって。何かをしてもらいたいって。……そういう表れ、なんだろうな。

 キサの部屋から廊下に出たら、白かった。世界が。


「はあっ?! ごほっ!」

「ごほっ。ごほっ。あ、あーちゃん?」

「うん。これで二次災害には遭わないはず」

「いやそこまで大事じゃないから」

「え。何これ。コント?」


 どうやらバカとオウリが、スリッパを脱いだあとの素足にとりもちをくっつけたらしい。それで、それ以上くっつかないように小麦粉をみんなの頭の上から振り掛けたらしいけど……。


「(いやさ、とりもちの方にかけたらいいよね? バカだよねやっぱり)」


 従業員さんビックリだよ、ほんと。しかも自分まで小麦粉まみれだし。だから、とりもちに振り掛けたらいいんだって。……なんで誰も突っ込まないんだよ。
 しかも、オウリを助けるのにちょっとくっつきすぎじゃない……? ……なんなの。オレもちょっと捕まればよかったとか、バカなこと思ったし。でも、流石に小麦粉まみれはちょっと……。