その辺の綺麗めな女の人に声を掛けていたカナを、流石に止める。


「カナ」

「ん? なーにヒナくん」

「あら? こっちもかっこいいー!」


 そう言ってくる人に、「すみません、連れが呼んでるんで」と言って引き離す。


「どうしたの? ヒナくん。今の人タイプ?」

「カナ、あいつが好きなんじゃないの」

「当たり前じゃん。アオイちゃんより好きな人はいないよー」

「じゃあ行って」

「え?」

「あいつ遅れてる」

「……!」

「好きならちゃんと見てなよ」

「……っ、わかってる!」


 そう言ってカナはオレを軽く睨んだあと、駆け足で今見てきた道を戻っていった。


「……はあ。しょうがないじゃん。行けないんだから」


 しょうがないじゃん。どうしても、見ちゃうんだから。

 そのあと、カナがあおいと手を繋いでオレらより先に行ってしまった。


「(また軽く睨まれたし……)」


 オレの頭目立つしね。オレを見つけたら振り返って、嫉妬のような、自分自身に苛ついてるような、そんな目線を向けられた。


「(バレてないと思ってんのかよ)」


 カナまであいつにキスする始末。だからさ、もうちょっとそっち方面の防御上げなよ、頼むから。


「ああもうっ! 絶対に俺は負けないからなーッ!」


 いきなりカナが叫びだした。
 ほんと、人様の迷惑。あおいだって、大慌てで自分の唇が原因かと本気で思ってるじゃん。


「(負けないって、オレに言ってるんだろうけど……)」


 またカナに、キッって睨まれた。
 全然怖くないし。寧ろかわいい分類に入りそうだよ。


「(……そんなに睨んでこなくても、オレの隣には絶対に立たせないよ)」


 カナから視線を外して、そんなことを思いながら魚たちを見て回った。

 深海エリアに入ってきて、あおいの様子が一気におかしくなる。


「(何を考えてるか、大体わかるけど……)」


 トーマとのデートでも思ったけど、あんまりあおいにとって海はよくないんじゃないかなって思った。深海なんかはきっと、そのうち自分が行き着く場所……とか、思ってるんだろうし。


「(行かせるわけないじゃん)」


 アオイだって、そう思ってるんだ。なんとか助けてやってくれって。だからオレは、必ずそんな深い海へ行き着く前に、掬い上げてあげるよ。


「(……思ったこと、言葉にしろよ。溜めるなって)」


 イルカショーを見た時は嬉しそうな、楽しそうな顔をしていたあおいは、ウミガメのところでは少しつらそうな顔をしていた。会話の内容はわからない。でも、なんとか言葉に。ほんの少しでもいいから、口に出して欲しい。


「(はあ。やっぱりあれを、使うしかないのかな……)」


 できることなら使いたくなかった。誰かに話すならそれで……思ってたけど。多分誰にもまだ話してないし、全部全部溜め込んでる。気持ちも。全部。


「(はは。オレもう絶対捕まるわ。あいつにも嫌われる絶対)」


 たとえそうでも、……やっぱり助けるんだ。そう、決めたんだから。

 あいつが、自分と重ねながら人魚姫の話をしている。最後は泡となって消える物語。自分の幸せよりも、他人の幸せを何よりも大事にした、やさしい人魚のお話。


「……これは、人魚姫が罪滅ぼしをするきっかけになった話だ。それで幸せになれるなら、わたしはいいなって。そう思う」


 ほら。やっぱり自分と重ねてるじゃないか。
 人魚姫で例えるなら、助けてくれようとした人からナイフを受け取ってしまったこと。その時点でもう、あおいにとっては罪なんだ。
 自分の幸せのために、一瞬でもそんなことをしてしまったこと。たとえそれが、ナイフだとわかっていなくても。……刺して。刺して。刺してしまったあおいはもう、自分を許せないんだ。

 罪滅ぼしで、少しでも気分を紛らわすことしか。……できないんだ。