そう言ってカエデさんは、封の開かれた手紙を、オレに渡してくる。


「ほれ。受け取れ」

「……できません」


 それは、やっぱりあの道場で必死に書いていた手紙だったからだ。
 宛名は皇で、やっぱりカエデさん宛だ。送り主の住所と名前なんて知らない。ただ、徳島にある、トーマの家の近くの郵便局の印が押されていただけだ。


「どうしてだ。急いで取りに帰ったってのに」

「……これは、オレが見てはいけないものなんです」

「でも、見たいから見せろって言ったんだろう?」

「オレが見たかったのは、その手紙の中身じゃないんです。きっちり封がされた、宛名が書かれていないそれは一度見ていたので、それと同じものかだけ、確認したかった」

「……いいのか。中身見なくて」

「それは、カエデさんしか。そして、カエデさんが渡す相手しか見てはいけないものだ」

「……アオイちゃんのこと、知れるぞ」

「大丈夫ですよ。オレはもう、十分あいつのことを知っているので」

「……お前さんが知らないことでも?」

「大丈夫です。知らないことは、あいつも人には話せないから」

「……どういうことだ」

「オレが一番知りたいことは、あいつも話したいと思うんです。でも、それをしてしまったら、何もかもが終わってしまうから。カエデさんも、そしてカエデさんが渡す相手も、オレが一番知りたいことをあいつから直接知れることはありません」

「……それも、わけありか」

「ま、これが一番の曲者ですね」

「言っとくが、それを知らない俺はこの手紙が一番の曲者だと思ってるぞ」

「だとしても、本人が見て欲しくないのにオレが見たらいけない。ただでさえもう、最低なことをしてるんだから」

「……お前さんも、面倒くさい性格してるな」

「よくわかってます。でも、オレがこれなんで」

「その面倒くさい性格のおかげで守られるものもある。でも、もしかしたら自分が傷つく可能性だってある」

「え。それってどういう……」

「ま、頑張れよってことだ。チカゼくんも前に進んだ。あおいちゃんのおかげだ」

「そう、ですか」

「ああ。なんだか仲良しだったけどな」

「それがちょっと気になるんですよね……」

「え。そこは聞くのかよ」

「あいつのことじゃなくて、チカに文句言いたいんで」

「ま、まあなんかあったんじゃねえかな。わかんねえけど。……ちょ、あのさ。その禍々しいオーラ仕舞ってくんねえ?」

「何のことだか」

「……ま。お前さんも頑張れよいろいろ。このままじゃあアオイちゃんもらわれちまうぞ」

「あいつが幸せならそれでいいんで」

「は? 自分が幸せにしてやれよ」

「……まあ、幸せにはしてやりますよ」

「そ、そうか……?」

「はい。……あいつの幸せは、オレの隣にはないんで」


 そう言ってオレは、車から降りる。


「は? ……ちょ、おいっ!」

「ありがとうございましたカエデさん。またあいつと話すことがあれば、頼みますね」

「おいヒナタ、お前はそれでいいのかよ。こんなに必死になって、アオイちゃんに嫌われるようなことをしても助けようとしてんのに」

「オレにはオレの幸せがあるんで。それじゃあ学校に行ってきます。また何かあれば」


 バタンと扉を閉めて、歩いて行ったヒナタの背中を、カエデはつらそうに見つめていた。



「……ほんと。面倒くさい性格してんな。ヒナタの奴……」


 もう一本タバコを吸ったあと、カエデはまた、皇へと車を走らせていったのだった。