すべてはあの花のために❾


 もうすぐ到着しそうな時、チカが一人で帰ってきた。その表情は、必死に普段通りに振る舞おうとしていて。心配するなとでも言いたげだった。


「……チカ。病院は」

「桜だ」


 そう答えたチカに遅れてあおいが帰ってきたけれど、その表情はどこかつらそうで、そして悔しそうだった。
 あとは入院先を打ち込めばよかったので、桜だということを内容に加え、カエデさんにメールを送った。


「おいキク! なんでここに来てんだよ!」


 駅に到着し急いでタクシー乗り場へと足を進めると、そこにはキクがオレらの帰りを待ち構えていた。


「お前ら、ちゃんと足はあるのか」


 キクがそう言うと、陰から今まで一切気配のなかったシントさんが現れた。
 それから、チカとキサはキクの来るまで病院へ、オレらはシントさんに送ってもらった。


「あ。オレはここでいいんで」


 ツバサとは違う家だ。オレはここで降りた方が、みんなの帰りも遅くならない。


「え? 本当にここでいいの? だって家はまだ先でしょ?」

「いえ。オレの家はこっちなんでいいんです」


 なんでシントさんが、ツバサの家を知ってるのか疑問だったけど。
 オレを見てくるあおいの瞳がすごく悲しそうな顔だったので、後ろを向いて軽く手を上げてから帰った。


「ただいまー。……母さん? 生きてる?」


 だいぶ失礼だけど、でも流石に死ぬ姿なんてもう、誰も見たくない。


「……。はる、ちゃ……」

「え。……母さん、何やってんの」


 てっきりこんな時間だから寝てるとばっかり思ってたけど、鍵の掛かった部屋をなんとか開けようと一生懸命引っ張っていた。


「……どうして、こんなところにいるの?」

「だ。だって。……日に。帰って。こない、から……」


 ああ。出ていく時に、曜日が『日』になる日に帰るって言ったからか。今はもう『月』だ。


「……だから。ここ。いるかと……」

「ごめんね。一応メールは入れておいたんだけど……まあ見られないよね」


 その見方までは出ていく時に教えなかった。電話に出ることも教えなかったし、母さんが掛けてくるやり方しか出る時には教えてなかった。


「ごめん。遅くなっちゃったけど帰ってきたよ」

「んー。はるちゃんっ」

「……ただいま、母さん」


 抱きついてきた母さんは、別段痩せたわけじゃないから、きっとご飯は食べられたんだろう。


「今日はご飯もう食べたの? お風呂は?」

「はるちゃーん」

「はいはい……」


 もう、まともに会話なんてあんまりできない。たまに、返ってくることもあるけど。
 しがみつかれたまま、取り敢えず荷物を置いて台所に行った。


「どえらい暴れたね。母さん……」


 別に、多分精神が不安定でってわけじゃないと思う。多分、子どもが遊びまくったって感じだ。


「ご飯は……空っぽか。美味しかった?」

「まあまあ」

「そ。そう……」


 母さんは、料理が上手かった分何でか知らないけど、こうなっても料理にはうるさい。でも、ちゃんと食べてはくれる。


「今は? お腹空いてる? って言っても、あんまり材料ないからできたとしてもカップラーメンだけど」

「んー。……いらない!」

「そっか。お風呂は? 一緒入る?」

「入ったー」

「え。すごいね。母さんやればできるじゃん」

「はるちゃーん! あはは!」

「いや、何がおかしかったの、今……」


「じゃあ、トイレ行く?」「行くー」って返ってきたから、ついていってあげて、母さんの部屋へ寝かしに行く。


「お友達、ちゃんと大事にしてきたよ」

「ん! えら~い」


 ぽんぽんと撫でてくる手は、その“ぽん”がめちゃくちゃ重くて、首が折れそうだけど。


「明日は学校だからまた居ないけど、終わったらすぐ帰ってくるからね」

「はーい」

「ん。じゃあ寝よっか。お薬は? あんまやってない?」

「…………」

「……うん。わかった。いいよ? 今日はもう寝よっか。寝るまでついててあげるね」


 布団に入れてあげて、とんとんと布団を叩いてあげる。そしたら、遊び疲れたのか母さんはすぐに眠りについた。


「……おやすみ。母さん」


 静かに眠る母の頭をそっと撫で、起こしてしまわないように、部屋から出た。