すべてはあの花のために❾


『……アヤメさん。みんなには内緒にしておいてあげて欲しいんですけど……』

『え!? ……み、みんなって、なんのこと……!?』

『ヒナタくん。熱があるんです』

『え』

『脱衣所で倒れてて。それで今、さっきもらったお薬とゼリーと飲み物と氷。あと、勝手で申し訳なかったんですけど、お風呂の洗面器を一個拝借して、わたしの部屋で寝かせてるんです』

『そうなの? すぐに着替えとかを準備してあげないと』

『あ、あの。ヒナタくん、みんなには心配掛けたくないみたいなんです』

『なんでまた……』

『多分、みんなの前では隠そうって必死だと思うんです。……でもアヤメさん、ヒナタくんとってもつらそうで。なんとか。してあげたくて……』

『葵ちゃん……』

『わたしがついていてあげるより、やっぱりお母さん(、、、、)についていてもらった方が、安心だと思うんです』

『……そう』

『だから……その。難しいとは思うんですけど、ヒナタくんを休ませてあげてもらっても、いいでしょうか……?』


 ❀ ❀ ❀


「はあ。……あんの。ばか……」

「でも、顔は目一杯にやけてるわよ?」

「……だって。うれしいんです……」

「あら素直」

「いじめないでください」

「はいはーい。すみません棋士さん?」

「……駒の分際で……」

「はいはい。……ちゃんとお世話してあげるからね?」


 またふんわりと頭を撫でてくれる。その手がやさしくて。昔を思い出して、泣きそうになる。
 ……いつからオレは、一人で風邪を治していただろう……。


「すごく日向くんのこと心配してたわ? 出ていく時もずっと心配そうな顔してたから、それが治るまで抱きついてあげてたもの」

「……そう。ですか」

「きっと、日向くんの元気な顔が早く見たいと思うわ」

「……元気になったら。連絡してって言われたんです」

「そっか。それじゃあ早く治さないとね?」

「はい。……言わないでって、言われてたんですよね」

「え? ええ。でも……」

「あの。……あいつと連絡を取ることがあったら、お粥美味しかったって、言っといてもらえませんか?」

「……ええ。伝えるわ、必ず」

「……ありがと。あやめさん」

「結局、朝ご飯何にするか聞けてないでしょ」

「あ……」

「大丈夫よ? みんなにこそっと聞いてみたら、日向くんに聞いてって言われたから」

「え……」

「あなたが朝ご飯全然食べてなかったから、みんなに日向くんの好物にしてやってって言われたの」

「……」

「みんなもう、何となく気がついてるわ。今日もきっと、夕食前には帰ってくるわよ」

「……でしょうね」

「心配されるのも、悪くないでしょ? ちょっと、むず痒いけど」

「はは。確かに」

「……それで? 夕食は何が食べられそう?」

「……あやめさんが。得意なやつ」

「いいのよ? 遠慮しなくって」

「ううん。……お母さんのご飯なら。絶対美味しいから……」

「日向くん……?」

「……朝ご飯。基本食べなくて。コーヒーとか、だけだから……」

「そうなの……」

「だから。……今日の、すっごい美味しそうだったのに。食べられなくて残念……」

「……じゃあ、チャレンジする?」

「うん。今からみんなが帰ってくるまでに絶対治す」

「え?」

「どうせ土産話とかうるさそうなんで、反撃できるくらいには元気にならないと」

「あらあら……」

「……それに。あいつに、連絡したいから」

「そっか。うん。そうね? 頑張って治すのよ」

「はい。ありがとうあやめさん。……飲み物、もう一本あったら嬉しい」

「はいはい。日向くんが寝たら、持って来ておくわね」


「だから今は寝なさい」と、頭を撫でてくれたり、とんとんとやさしく胸を叩いてくれる。


「……おやすみ。なさい……」

「……うん。おやすみ、日向くん」


 どうやら目を閉じた時、流れた雫をアヤメさんがやさしく拭っていてくれたらしい。