すべてはあの花のために❾


 それから肩を借りて、ゆっくりだけどあおいの部屋に向かった。


「……大丈夫? もっと体重かけて良いよ」

「ん。ありがと」


 お言葉に甘えて殆どかけたんだけど、全然ビクともしなかった。……何こいつ。ロボットですか。
 何とか誰にも見つからずに、あおいの部屋に辿り着いた。


「……ちょっと待ってて? すぐに敷くからね」


 わっせ、わっせと、壁にもたれ掛かりながらあおいが布団を敷いてくれているのを見ていた。


「(あー。情けない……)」


 そして至れり尽くせりで、ちょっと嬉しいオレ。キモい。


「はい! 敷けたからもうひと頑張り!」

「はー……い」


 そのまま雪崩れ込むように、敷いてくれた布団の中に入る。


「……ありがと」

「うん。ゆっくりしてて? お薬もらってくるからね」

「言わないで……」

「うん。大丈夫。だから、すぐ戻ってくるからね。待ってて?」


 今は、あんまりもう冷たくない濡れタオルを、オレのおでこに乗せて小さく笑ったあと、あおいは部屋を出ていった。


「あー。……ばか。オレの、ばか……」


 一人にさせてやろうって思ってたのに。なんで見つかるかな。ばか。
 あおいはすぐ帰ってきた。氷水も洗面器に入れてきてくれた。


「お薬飲む前に、お腹に何か入れた方がいいからゼリーもらってきたよ? 食べられる?」

「……たべる」

「うん。じゃあ一回起こすね?」

「……え」


 そう言ってあおいは、オレの肩口に腕を差し込んで、ひょいっと体を起こす。男としてどうかとも思うけど、あおいも女としてどうなの。


「……はい。口開けて?」

「……じぶんで、たべる」


 スプーンで掬って、何故かこっちへ出してくる手を掴もうとした。


「体動かすのしんどいでしょ? いいよ。今は甘えていいんだ」

「……ん」


 いつもだったら嫌がるけど、でも今はそうも言ってられない。口を開けたら、やさしくそこへ入れてくれる。


「……おいしい?」

「……味、わかんない」

「ありゃ。重傷ですな」

「……ごめん」

「ううん。いいよ? もうちょっと食べられる?」

「ん。……ありがと」


 結局のところ、一個丸々ゼリーは食べられた。


「はいお薬。ちょっと苦いかも」

「うげ。ゼリー残しとけばよかった……」

「良薬だからね。しょうがない。スポーツドリンクあるから、あとでちょこっと飲んじゃえ」

「……そうする」


 それから薬を飲んで横になる。あおいが冷たいタオルを乗せてきて、少しだけ体が震えた。


「あ。冷たかった?」

「うん」

「ありゃりゃ。ごめん」

「んん。……きもちい。ありがと」

「うん。お薬、取り敢えず眠くならない奴だから、寝ることはないと思うんだけど……」

「……。……。……」

「眠そうだね」

「……まあ、ね……」


 そりゃ寝不足だし。あおいがいるだけで落ち着くし。


「きっと、わたしが出ていったらみんなご飯食べに来るんだろうね。あ。ていうか、わたしがお寺に行くの知ってる?」

「……うん。アヤメさんたちから。聞いた」

「そっか。……また部屋戻ってくるからさ。ここならみんなも来ないだろうし、入ったらぶっ飛ばすって言ってるから、トーマさんも来ないと思うからね」

「ぶっ殺していいよ……」

「いや、それは流石に……」


 ……違う。そうじゃ。なくて……。


「……ごめん。オレは、大丈夫だから。気にしないで……」

「ヒナタくん……」

「ごめん。ほんとごめん。こんなつもり。なかったのに……」


 目元を腕で隠して、そう言葉を紡ぐ。


「なんで謝るの? きっと、ほっとしちゃったんだ。気が緩んじゃったんだよ。あったかいからね、ここ」

「……うん。そう、かも……」


 ふわりと、頭を撫でてくれるあおいの手が、気持ちがいい。


「アヤメさんも大変だからさ? お風呂さっと入って、みんなのご飯作るの手伝ってくるね」

「……うん。行ってあげて。オレは、大丈夫だから……」


 オレがそう言ったら、あおいが目元を隠してる手をきゅっと握ってくる。


「……ゆっくりしててね? きっと、すぐよくなるからね?」


 風邪のことを言っているのか。それとも『願い』のことを言ってるのか。


「……ん。ありがと」


 オレの返事を聞いたあおいは、もう一度頭を撫でて部屋を出ていった。