それからアヤメさんがツバキさんに電話を掛けてくれた。
「葵ちゃんと鉢合わせたらいけないから、どうする? いつ行く?」
「朝方。早朝に行きたいです。みんなにバレるのも嫌なんで」
「だったら俺が送ってあげるよ。流石にお寺までは難しいけど」
「でも、ナツメさん明日仕事じゃ……」
「何言ってるんだ。駒なんだから、これぐらいはさせてくれ」
「……すみません。ありがとうございます」
「……はい、日向くん。椿ちゃんよ」
「あ。……すみません。ありがとうございます」
それから電話を替わってもらって、ツバキさんと話をした。
「夜分遅くにすみません。九条日向です。先日は大変失礼を――」
『うっそ! 九条日向くん!? 本物っ!?』
めっちゃ耳がキー……ンってした。だって二人も耳塞いでるもん。よく鼓膜破けなかったなって思うわ。
「……は、はい。あの、キサの件ではいろいろご迷惑を……」
『何言ってるの~。あなたのおかげで心構えもできたのよ? あなたの言うとおりあおいちゃんも来てくれたから、勇気が出たわ。ずっと、お礼を言いたかったの』
「……そう言っていただけてよかったです」
『あの人も、きっとあなたにお礼を言いたがってると思うわ』
「ははは……。だと、いいんですけど……」
『それで? どうしたの? あおいちゃんが武者修行しに来ることは聞いたけど……』
「武者修行かどうかはわかりませんけど。……あの、あいつとは別で、オレから直接話があるんです」
『……電話でもいいのよ? 山奥だし』
「いえ、持って行くものもありますし、きちんとお会いしたいので」
『……そうね。あたしも、あの人もあなたに会いたかったから、そう言ってもらえて嬉しいわ』
「(やっぱりオレは、ここで警察に連行されるかもしれない)」
『朝早くに来るらしいけど、何時頃?』
「……すっごく早くても大丈夫ですか?」
『ええ。お寺の朝は早いから』
「……それじゃあ4時頃に、そちらへ伺います」
『わかったわ。いつも起きるぐらいだから全然余裕よ』
「え。じゃあ普段この時間って……」
『うん。熟睡中ね』
「す、すみません……」
『ふふっ。いいえ? それじゃあ待ってるわ。ひなたくん』
「……はい。ツバキさん、イブキさんともしよければカツラさんにもお話をさせてもらいたいんです」
『うん。言っておくわ。それじゃあ、気をつけていらっしゃい』
「はい。それでは、失礼します」
電話を切って、アヤメさんに電話を返す。
「ということでナツメさん、すみませんがよろしくお願いします」
「任せておいて。ここを3時半までに出ていくからね。それまでは君もしっかり寝ること」
「はい。わかりました」
「ツバキちゃんたちによろしく言っといて」
「はい。オレが警察に連行されないことを祈っといてください」
「「??」」
それから、オレは二人にお礼を言って部屋を出ようとした時。
「あ。日向くん。ご飯って、泊まってる間は食べるわよね?」
「あ。……はい。すみません。できればいただたいんですけど、お昼と晩ご飯は多分観光とかするみたいなんで外で食べると思います」
アヤメさんに声を掛けられた。
「あら、そうなの? 晩ご飯も何だったら家で食べていいんだからね? 腕に縒りを掛けて作ってあげる。……それで、明日の朝ご飯のことすっかり忘れてて。明日はあるもので申し訳ないんだけど、明後日何食べたいかみんなに聞いてみてくれない?」
「はい。お安いご用です」
こうやって、オレが頼まなくても工作を作ってくれて、本当に助かる。
「あ。……あの、ちょっと聞きたいんですけど」
「ん? 何かな」
「アルバムとかって、ないですか? トーマの弱み握りたいんですけど」
「あら~そうなのねー。申し訳ないんだけど、もう葵ちゃんに全部渡しちゃったのよー」
「え!? まず、弱みの下りで突っ込まないにも驚きなんですけど、なんで? え? あいつに……?」
「うん。すごく嬉しそうにしてたからあげちゃったんだ」
「データはあるし。アルバムごと、杜真とかみんなが写ってるのはあげたのよ」
「そ、そうですか……」
ここにも来たことあるし、オレの写真はもうないはずだけど。
「……そのアルバムに、トーマが昔撮った写真とかってありますか?」
「ああ。みんなと写ってたから、そのアルバムも葵ちゃんに渡しちゃったよ?」
「きっと葵ちゃんの部屋にあると思うから、見るなら今のうちよ! 下着!」
「別に下着に興味はないです……」
「ええ!? ……日向くんそれは駄目だ! 男として!」
「え……」
「そうね。その下には何があるのか!? って、男の子なら食いつくところよ!」
「いやだから、下着だけ見てもただの変態じゃないですか。着けてるんなら話は変わりますけど」
「「た、確かに……」」
一体何の話をしてるんだ。そして何を糞真面目に返してるんだオレは。
「それじゃあ、遅くにすみませんでした。ナツメさん、また朝にお願いします」
「うん。おやすみ日向くん」
「おやすみー日向くん」
「……はい。おやすみなさい」
こういった挨拶さえ、ほぼないに等しいオレにとっては。たったそれだけでも、胸が苦しかった。



