「(でも、ここまで言うならまあ、もうあの寝相は治ったかな? ほんとやばいんだよね、キサの寝相……)」
それから、オレらは嫌々頷かされ、ナツメさんはまあ渋々といった感じで部屋から出ようとした。
「ちょっと、一人だけ付いてきてくれる? 布団のある場所とか教えるから」
「あ。じゃあオレ行きます」
きっと、機会を作ってくれたんだ。ナツメさんがにっこりと笑った。
「……それで、葵ちゃんを助けるために、日向くんはその録音をする必要があると。そういうことだね」
「録音というよりは、あいつ自身が自分を話すことに意味があるんです。オレは、みんながあいつのことをちゃんと知らないといけないと思ってるので」
「だから録音して、みんなに葵ちゃんのことをいつか『葵ちゃんの口から』聞かせようとしているってことだね」
「……オレらの前では言わないかもしれない。でも、それじゃあダメなんです。あいつのことを、みんながわかってやらないと」
「菖蒲から、複雑だとは聞いたけど……」
「はい。なのであいつと、たくさん話してやってください」
「でも、直接的なことは聞かない方がいいんだろう?」
「あいつがなんでそんなことを聞いてくるのか、勘付くかもしれないので。……ほんの一欠片でもいいんです。掴めなくてもいいんです。でもナツメさんたちには、あいつとたくさん話してやって欲しい。自分のことを話すのが嫌なあいつでも。きっと、大人の二人には話してくれるから」
「日向くんも、どこか苦しそうだね」
「……オレは、あいつを助けたいんです」
「それもあるけど、何か、他につらいことがあるんじゃないのかい?」
「……いえ。あいつのこと以外でつらいことはありません」
「……そうか。あそこに布団を入れてるよ。そこから取ってくれたらいいからね」
「はい」
「それから、日向くんには言っておこう。付いておいで」
そう言われて付いていった先は、どうやらあおいに使わせる予定の部屋らしい。
「ここに葵ちゃんは寝泊まりしてもらう予定だから、ここは通らないように。みんなにもあとで言っておいてくれるかな」
「はい。わかりました」
「あ、いたいた。……杜真から連絡があって、こっちには20時に帰ってくるって言ってたから、それまでにお風呂もご飯も済ませちゃいましょうね」
詳しく言えないからだけど、無理に聞いてこようとしない二人がすごく、有難かった。
それに。オレにとって、温かかった。二人の存在が。母親と父親がいることが。……それだけで。胸が苦しかった。
「アヤメさん。ナツメさん。……嫌なことをさせてしまって。すみません」
そんな二人に、謝らずにはいられなかった。
「葵ちゃんが助けられるんなら、手伝うに決まってるじゃない」
「俺らは信じてるからね。日向くんのこと」
「……ありがとう。ございます」
それから、ポケットからエンジュさんにも渡したものを取り出す。
「すみません。ほんと、罪悪感とかすごいと思うんですけど」
「え? 大丈夫。任せておいて?」
「うんうん。杜真が葵ちゃんに電話してる声とか録音してるしねー?」
「え……」
すでにもう罪を背負っていた。
なんて異常なほどの愛情。ま、人のことは言えないけど。
「お二人には申し訳ないんですけど、これからも協力してもらうことがあるかもしれません」
「だろうね」
「だから、オレの駒として。頑張ってあいつからいい感じの話、引き出してくださいね」
「いい感じって……」
「いい働き、期待してますね」と、オレはにっこり笑ってから離れに戻ったのだった。



