「……オレは、待ってあげることも大事だって言ってるんです」
あいつが一人になりたいんなら、そっとしておいてやりたい。今はきっと、誰にも会ってくれないんだろうから。……でも。
「ま、オレはそんなこと知ったこっちゃないし面白くないんで、修行の様子を覗き見しに行こうと思ってますけど」
トーマには会うってどういうこと? 許せないんだけど。
「そうだね。葵はクレジットカードも作れないし」
なんでか知らないだろ~的な空気感だけど、まず年齢的に作れないから。バカだ、やっぱりこの人。
「(本当の名前じゃないんだから、作れるわけないじゃん。ていうか、これ以上罪増やしたくないんだってオレは知ってるし)」
そんな、ちょっとしたことで争うシントさんに少々呆れはしたものの、気持ちがわからないこともない。
そしたら、なんかトーマからあいつと一緒に写ってる写真が来た。……いや、トーマ。あいつがオレらに内緒でそこに行ったこと、知らないでしょ。バカなの、みんな。
「(しかも何。ほっぺにちゅーとかしてるんだけど、こいつ。マジで許せない……)」
絶対部屋の中荒らす。そして、昔のあの、あおいが小さく写ってる写真を絶対探し出してやる。
「……さて。それじゃあ行きますか」
三泊四日のぶらり旅の券を使って、トーマの家へ。アヤメさんとナツメさんに連絡を入れておこう。
「(あ。もしかして修業先って……)」
それはまあ後々。そうだとしたら対応しますか。
一旦泊まる準備のために帰宅した。
「(さて、問題は母さんだけど……)」
ここ最近も、家に帰れてなかったからな。またしばらく帰ってこられないってなったら、暴れるかもしれない。となると、家がまたぐちゃぐちゃになる……。
「ただいま」
「あれ? はるちゃんだあ!」
ハルナと呼ばれる度、罪悪感が薄れていく。でも、この罪悪感が消えることなんて一生ない。
「母さんあのね? またしばらく家に帰ってこられそうにないんだ」
「え……」
「ちょっとね、友達で心配な奴がいるんだ。そいつが家出したから、迎えに行ってやろうと思って」
嘘付くって言っても、どう言えばいいかわかんないし。
何、オレも修行に出てくるとか言えばいいの? そんなん母さんからしたら『花嫁修業』かと思うじゃんね、やだやだ。
「……おとも。だち……」
「母さんよくさ? 『お友達は大事にしましょう』って言ってくれてたでしょ? だから、今から大事にしてあげようと思って」
「……うん。行っておいで? はるちゃん」
「母さん……」
ほんの少し、寂しそうにそう言う母さんに、申し訳なく笑った。
「母さん、お風呂入れる?」
「うん」
「ご飯ね、たくさん作っていっておくからレンジでチンして? 一気に温めないでね? ちょっとずつしてね」
「うん」
「片付けはするから、母さんはゆっくりしててね? お腹空いたらそうして? トイレも大丈夫?」
「だいじょうぶっ!」
「ははっ。うん。……お薬も、ほどほどにね」
「はーい!」
ただこうやって母さんを隠す度、オレはどんどん汚れて、汚くなっていった。
「それじゃあ行ってくるね? 帰ってくる日は、多分ここの曜日が『日』って出てくると思うからね」
玄関のところに置いてあるデジタル時計を指差してそう言った。
「何かあったら、電話してね」
「んっ! わかったあ」
むぎゅっと、最後に抱きついてくる母さんの体は……少しずつ、やせ細っていった。



