「でも先生。理事長には報告してたでしょ」

「ぎく……!」

「だって理事長、笑いながら今先生は大変なんだって言ってたし」

「わ、笑われてたのね……」

「何でですか? 好きだから?」

「……!!」

「え。マジですか……?」

「好きとかではなくて。……その、命の恩人だから」

「はいはいー。わかりましたよー」

「連絡できなかったのは、カオルもまだ揺らいでたからなの」

「え。そうなんです?」

「ええ。私に懐いてたりはしてたんだけど、全然弱音は吐かなくて。でも、やっぱりアイくんがつらそうにしてることが多いみたいで、それを気にしていろいろ自分がもっとなんとかしてあげられたら……って悩んでたのよ」

「あいつでも悩むんですね」

「大切な友達らしいから」

「…………」

「それで、誰の目もないところで説得したら、……半分襲いかかってこられたの」

「先生も大概危機意識低いですね」

「え? ……まあ、それでもやっぱりなかなか勇気が出なかったみたいでね。それからなんとかカオルは説得できたんだけど、しつこいしつこい」

「ご愁傷様です」

「まあ、あなたも何かあったら理事長のところへ行くと思ったのよ」

「そうですけど。……でも、一つ引っかかってるんです」

「ん? 何かしら」

「体育祭に来た時、多分あいつを襲いかけたあとだと思うんですが、カオルはオレに気がついていたみたいなんです」

「え? どういうこと? 確かに、あおいさんのまわりにいる人のことは把握してるけれど、あなたがそういう立ち位置にいるなんてことは全く知らないはずよ?」

「でも、これ見てください」


 そう言ってあの時撮った写真を見せる。


「大勢いた中、ピンポイントでオレの方を向いてきてる」

「…………」

「だからオレ、家の奴らにオレのこの立ち位置まで知られてるんじゃないかと思って焦って、先生に連絡したのに」

「ご、ごめんなさい」

「でも、それならなんでカオルは……」

「……ただの、カメラ好きなの」

「え」

「向けられたことに気付いたら、反射的にそっちに向いちゃうのよ……」

「……今の話、無かったことにしてください」

「わかったわ棋士さん?」


 なんじゃそりゃ。不安がって損したし。アオイに愚痴ろう。


「……先生。それ渡すんですか?」

「……ええ。そうね。どうしましょうか」


 二人で、レンから預かった赤い封筒を見る。


「……多分、見ても大丈夫だと思いますよ」

「え? でも、メールを見て倒れたのに……」

「そうですけど、一人だったからかもしれないし」

「え?」

「一緒に見てあげてください。支えてやってください」

「九条くん……」

「多分大丈夫ですよ。あいつも強くならなきゃ。それに、渡さないとレンが危なくなるし」

「……そうね」

「どうやって渡すかとか、考えてます?」

「なんとかするわ。任せておいて」

「そうですか。それじゃあもう一つ」

「ん?」

「あいつから、先生の立場で引き出せるだけあいつ自身の話をあいつに話させてください」

「めちゃくちゃ難しいじゃない……」

「バレたりしたら、理事長に言いますよ」

「え!? だ、ダメよ……!」

「そうですね。そしたらカオルが今まで以上に暴走するでしょう」

「おっと。そっちは考えてなかったわ……」

「その会話を、録音してください」

「録音? 何故?」

「最終手段なんですけど、あいつが最後まで全然オレらの前で話をしないようなら……って感じで」

「それ、彼女は嫌がるんじゃ……」

「でも、みんなも知らないといけないと思うんです。本当のこと。あいつがやった、で終わってたらダメなんですよ。あいつを嫌いになって終わる」

「…………」

「最終ですよ。だから、使うつもりは今のとこないです。オレが絶対に話させるんで」

「……あなたの案に乗っかったのは私たちだしね。もちろん協力するわ」

「そうですか。よかった。……じゃあ、あいつが起きるまで寝ないでくださいね」

「え……!?」

「オレ今日全然寝てないんで、朝まで寝ます」

「わ、私も。あの家でちゃんと寝られた試しがないんだけれど……」

「そんなん知りませんよ」

「駒使いが荒いっ……」

「それじゃあお休みなさい」

「え? も、もう……!?」

「だって日にち変わるし。それじゃ」


 オレはツバサの隣に座って、毛布を掛けて目を瞑った。


「(ううぅ……。やっと寝られると思ったのにぃ……)」


 密かにコズエ先生がどうやら枕を涙で濡らしていたらしい。